障害児Kとおたく母の疾走日記

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zoom RSS 大人になっても一緒に歩く

<<   作成日時 : 2017/08/06 14:21   >>

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 幼児の頃は、まあ良かった。少しくらい愚図っても泣いても走っても、ちょっと元気なお子様と躾に甘いお母さまね、で終わってたから。

 成長するにつれて、周囲の見る目はあからさまに変わる。このブログはKが12歳の時に始めて、その間何度も外出時の心境について書いてきた。成人後はさらに胆力が必要だ、と親達は皆痛感している。

 「昔の私が今の私を見たら絶対に驚くわ。『あの状態の』あの子と一緒に外を歩くなんて絶対想像できなかった。」
 「私も昔、先輩お母さんのそういう姿見て、申し訳ないけど自分には無理、と思って焦ったな。」
 「うん、私も何かいろいろ超越しちゃったような気がする。良くも悪くも。」


 体は自分より大きいのに、幼児のような挙動や持ち物。自分達のことだからあえて言うが、ちょっと見ではかなり不審だ。
 最近は昔よりは知的障害とかの実情がそこそこ伝わってきたから、あからさまに何か言われたりガン見されたりということも少ない。それでも、外へ出る時は「よし、行くぞ!」という気合が必要だ。

 どうしても連れて出なければならない事情だって時にはある。また、さすがに20年も経つと迷惑をかけないための様々なノウハウも身に付いてきます。

 それでもやはり度胸と体力は必要。買い物等の用事でも、ひとりで出掛けた時の10倍は疲れる。

 「だったら、ヘルパー事業所のネームプレートでも付けて同行したら多少気が楽になるんじゃない?」

 なるほど、と一同頷く。もし自分がヘルパーで、自分の子と同じような知的障害者の介助で外を歩いたら。
 少なくとも、恥ずかしいとか必要以上に人目を意識することはないだろう。

 プロとして安全を確保しつつしっかりと介助することだけを意識する。
 周囲の人は「ああ、障害者とヘルパーさんね。」で納得してそれ以上の情報を読み取らない。

 重度障害者とその親、として目撃すると、なんとなくではあるが彼らに関する「物語」を読み取ってしまう。
 お母さんかなり高齢なのに大変ね、とか、どんな事情で連れて歩いてるのかな、とか。

 こちらもまた、どんなふうに思われてるのかな、なんて、気にしなくてもいいことを気にしてしまう。実際のところは単なる自意識過剰なのかもしれないけれど。

 しかし、だからといってヘルパー擬態作戦は、言い出した人も含めてその場にいた全員が一笑に付した。今更何を言ってんだか、という感じ。

 ただ、Kと一緒に外を歩くときは本人はもちろん自分も服装や態度には気を付けている・・・つもり。

 参考記事  障害児親子、外出時のイメージトレーニング

 ↑ 10年以上前に書いたものですが、この意識だけは心に留めておきたいと今でも思っています。 

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
「ヘルパー擬態作戦」並びに「凛々しい女優作戦」笑わせていただきました。
まだ6歳の次男ですが、体が大きく力が強いので、すでに注目されつつあります。
さすがに御近所でペルバーに化けることはできないので、女優作戦頑張ってみます(*^^*)
みお
2017/08/06 16:44
みお様
 外に連れて行かねばならない時、成長するごとに行動の違和感が増すのは仕方ないですね。「恥ずかしいという気持ちを振り切るのは難しいです。でも、特に迷惑になっていないのなら堂々としている方が潔くてかっこいいよ・・・・という意見もありました。それを信じて頑張ってます(笑)。
tomoko
2017/08/08 12:56
親の身長を考えるとあと5年で確実に185センチは超すであろう11歳の息子。体力的に2人で外を散歩できるのはあと1、2年かな〜。大事に過ごさなくちゃ(^^)。気付かされるブログ、感謝です!
なおけん
2017/08/09 00:43
なおけん様
 体も大きくなりますが、きっと心も成長して一緒に並んで歩いてくれるようになりますよ。いつもそう、というわけにいかないとしても、そんな時の散歩はとても楽しいです。
tomoko
2017/08/10 12:45

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