障害児Kとおたく母の疾走日記

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<<   作成日時 : 2017/07/05 13:08   >>

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 幼い頃、今は亡き父は時々私を釣りに連れて行った。川か、小さな田舎の釣り堀。装備は多分素人の最低限。
 餌は練り餌、たまに自宅の庭の隅を掘り返してミミズをとっていくところからはじまった。

 しかし、普通の川はもちろんのこと、「1時間◎円」方式の釣り堀は「魚1sあたり〇円」のそれとはまったく違う。父がそこで釣果をあげたという記憶は少ない。

 釣った魚をお買い上げ、という入れ食い観光釣り堀を先に経験していた私は、最初は当然不満であり不思議だった。

 私「なんでお魚釣れないの?」
 父「ここは釣れるようにできてる池じゃないから」

 私「どれくらい待てば釣れるの?」
 父「さあね、お魚次第だな」


 実に当たり前の答えしかくれない。小学校低学年女子には退屈な時間だった。
 
 観光釣り堀ならほぼ竿を投じると同時に沈んでいた浮きは、ただ揺れるだけ。そこに、風や波によるものではないあきらかな引きがいつくるか、全くわからない。わからないからひたすら見つめる。

 たいていは曇り空(晴れた日は暑いから釣りには行かない)。濁った不気味な水面、もしくは静かに流れる川面。田舎の釣り堀は他にお客がいない日も多く、時間の流れも止まっているようだった。

 しかし、そこになんとなくふわふわしている浮きが、一瞬グイッと沈んだ時。その一瞬の胸の高鳴りが、気が付けば少しずつ楽しみになっていた。引き上げられたのがゴミであっても、餌をとられただけでも別によかった。
 「あの時のグイッていうやつ、惜しかったよね」と話しながら帰ったものだ。

 あえて釣られたいと思ってる魚は多分いない。仕方ないよね。
 それでも、何かの間違いか気まぐれで針先の餌に食らいつく魚がいればラッキー。とりあえず待ちましょう。
 
 そんな大雑把な時間の浪費経験のせいだろうか。待つことへの抵抗はあまりなく、あらゆることに対する期待値も望みも低いまま成長した自分。ジタバタすることはたくさんあるし、別に悟っているというわけではない。
 
 「仕方ない」と「まあいいか」でだいたいのことを済ませてきた気がする。いくら頑張ったって出来ないことはあるしね。要するに、意識が低い

 ただKの問題に関してはそれで済ませちゃいけないことばかりだった。でも、「期待しないで待ちましょう」「仕方ない」で切り抜けられたこともたくさんありました。

 最近、スカパーの「BS釣りビジョン」をよく見る。
 釣り専門チャンネルなので、流れるのは釣り番組のみ。渓流、磯、沖釣り、さまざまな釣りの様子が見られる。殺風景な田舎の素人釣り風景とは比べようもないが、父と一緒に浮きを見つめたり、飽きて水辺を散歩したりしたことを懐かしく思い出しています。

 もうひとつ、ゲーム「どうぶつの森」での私の釣りテクニックはちょっとしたもの。釣り堀修行、結構役に立っている。今夜あたり、島に夜釣りに行ってみましょうか。

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