障害児Kとおたく母の疾走日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 助けてほしい、そんな時

<<   作成日時 : 2017/06/29 13:52   >>

トラックバック 0 / コメント 2

 私自身は障害者ではないし、Kは自分の意志を伝えるのが困難なので、日々の生活の中の具体的な困り感をわかりやすく教えてくれない。
 
 Kとの生活は、すべてにおいて「配慮」を必要とする。昔も今も。
 手探りではあったけれど、手を伸ばせば助けてくれる人はたくさんいた。
 助けたい、でもどうすればいいのかわからないから教えてほしい、と言ってくれた人もいた。

 そんな人たちとあれこれやり取りしているうちにわかった。
 助けてほしい時は、声を上げること。
 ただし、やみくもに大声で怒鳴り散らすのではなく

 自分達でできることは告げる。そうすれば、相手も心づもりや準備をしてスムーズに手を伸ばしてくれる。
 そう、こちらからも手を伸ばさなれば届かない。

 そして、感謝の気持ちをしっかりと伝える。相手が笑顔でそれに応えてくれた、その瞬間の喜びは何度経験しても素敵。

 福祉サービスを受けたり各種割引きなどの恩恵を受けているおかげで、日々の苦労は緩和される。楽しいことも経験させてあげられる。
 現在Kは障害基礎年金をいただいているが、それをたよりに、ギリギリではあるが親亡き後の彼の生活設計をたてられる。

 ハンデを負ってしまった、そのためにできないことや困難なことはたくさんある。だからといって、社会や健常者はそれらを可能にするための要求はすべて通さねばならない、弱い者には権利があり、なにがなんでもそれを優先すべき・・・・というのはやはり違うと思う。

 今日はなんとなくこういうことを書きたくなりました。それだけですよ。他意はないです、はい。

 関連記事 「歩み寄り」
        「優しい人々」

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
確かに私たちのこどもは障害があり社会的弱者には代わりありませんよね。しかし、それを振りかざして何が何でも不可能なものを可能にすることがよいこととは私も思いません。公助にばかりすがるのではなく、やはり最終的には自助しかないのかなという気持ちです。
イソップ
2017/06/30 12:41
イソップ様
 弱い、と認定されることが武器、という話を聞いたことがあります。でも、それを乱用するのはどうか、と思います。目的のための手段はやはり選びたい、ですね。
tomoko
2017/06/30 13:17

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
助けてほしい、そんな時 障害児Kとおたく母の疾走日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる