障害児Kとおたく母の疾走日記

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zoom RSS 実は・・・でした

<<   作成日時 : 2011/03/05 19:52   >>

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 若い頃からの知人が、実は発達障害だったと知らされた。 年賀状のやりとりなどはあるがもう長いこと会っていない同世代。確かに少し個性的なキャラクターではあったが、普通に社会生活を営み家庭も平穏、「ちょっとユニークな人」というイメージしかなかったので、正直驚いた。

 大人になって自覚し診断を受けた発達障害、というケースは最近増えていると聞いてはいたが、自分の周囲では初めて。こういうものなのか、と実感しました。

 ずっと以前から「個性的」とか「ユニーク」、ちょっと目立つと「エキセントリック」、みたいな形容詞で語られていた人にはたくさん出会っているが、その全てがそういう診断対象になるとは思えない。

 Kは論外の最重度なので、私は軽度発達障害とかその周辺の知識はあまりない。だいたい、IQとかなんとかテストとか、ほとんど「測定不能」だったので、その類の数値についても???なのだ。

 大人になり、なんとなく周囲の人と自分の間の空気に違和感を感じて診断を・・・という人がいるのだろう。確かに、毎日接するたくさんの人の中でたまに「あれっ?」と感じる人はいる。
 ただ、その「あれっ?」は必ずしも不快感とか異常とかではない。面白い、とか個性的、という印象で、むしろその人に好意的な意味での興味が持てたりすることもある。

 ただ、それが別の人にとっては不快だったりもするらしい。なんだか面倒、というかややこしい。つまり、誰とでも穏便に、何のひっかかりもない交流ができるのが「定型発達」であるということか。 

 まてよ。私が「あれっ?」と感じた。その相手も同じことを感じたとして、どちらが定型なのかその時点で判断はできないのでは

 皆たいていは自分が基準。ああ、ますますややこしい。  

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コメント(10件)

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大勢の人と違うから障「害」

なんだか変な気もしますね…
重度のわが子はかわいい性格なのに(笑)
みま
2011/03/06 08:12
個性的な人だな、ユニークな人だな。って思える距離感と、それだけじゃ済まされない距離感ってありますよね。

例えば、ただの知りあいだとしたら「あぁ、ちょっと変ってる?個性的?な人だな。面白いわ。」って思えても、それが自分の旦那さんだったら・・・

話がかみ合わない、感性が違う、周りの空気が全く読めてない等々・・・。
そういう相手と毎日過ごす。
「絶対、この人違う星の人だ!!」
って、毎日が苦痛になってくると思うんです。

あ、すいません、
それ、私の話です(笑)
うちの旦那さんは、「軽度発達障害」何だと思います。
子供の言語療法士の先生も認める、筋金入りです。
でも、本人は「俺が変ってるんじゃない、周りが変ってるんだ」
的に思ってます。

ははは、そうか。そりゃそうか。浮いてるのは自分じゃなく、自分を理解できない周りか。
そういう考え方をすれば、私も定型ではない、と言う風に・・・

って、考えてるとどんどん堂々巡りですよね(笑)

うっかり。
2011/03/06 09:03
みま様
 生活の中でやり難いと感じるから診断を仰ぐのでしょうね。相手にどこまで主張していいのか、相手の主張をどこまで認めていいのか、それを判断する力を試されているような気もします。
tomoko
2011/03/06 13:34
うっかり様
 知り合い程度なら流せても、家族、それも夫や妻というのは大変なことも多いかもしれませんね。また、専門家のお墨付き、といっても本人が認めなければ理解はしてもどう協力したらいいのかわからないし。すべてひっくるめて、他の家族やまわりの人に味方してもらえるといいですね。私も、「そっちの方がおかしい」と言われると、それを否定する確かな根拠がないので迷います。
tomoko
2011/03/06 13:43
発達しょうがいってなんなんでしょうね!
我が子も、勉学はボチボチだけど???、変わってます。
このごろは、自分の小さい時も考える時間が出来ると自分も相当変わっていて、小学校に入る前は、IQが以上に高かったんですよね!
それから、自閉とも思える行動をたくさん繰り返して現在に至ってます。
ダブル自閉タイプから生まれた子供が自閉症なのは仕方ないのかもしれないと思ってます。
でも、診断が甘くなったのはうれしいことで、自分たちの時もこの甘い診断で、働くのは大変と思ってほしかったです。
一度、社会人でひきこもりなるものにもなったし・・・
mi-ママ
URL
2011/03/06 18:15
mi-ママ様
 当事者の方からすると、どうしてわからないのか、わかってもらえないのか全く理解できないことが多いと聞きました。診断されてアドバイスを受けることで生活しやすくなるなら、それはいいことですよね。わかってもらえない辛さが知られるようになり、救われる人も多いと思います。
tomoko
2011/03/07 11:40
はじめまして。朝からネットサーフィンをしていて(飛行機・障害と調べていた)たどり着きました。文章が読みやすく、つい読みふけっていました。コメントするつもりはなかったのですが、手が止まってしまいました。私は現在「双極性障害」で精神3級を持っています。自傷(リストカット)なんていうのはたくさんの若い子がやってるし、感情がコントロールできなかったり、身体が動かなかったり、テンションが上がったり、誰でもなることなのに、私には病名がついています。自分がしんどくて、自分が救われたくて、自分で周囲に違和感を感じて、病院に行ったのですが。(心療内科に行きましたが精神病院に回されました。)通院しながらも、自分は本当に病気なのかな、違うのかな、と毎日繰り返してます。お薬は効いて来ているようで、調子がよくなっているというのもあるんだと思います。怠け病に見られることが嫌で、でも理解してもらえることはなく。双極性障害は20代での発症が多く、(小さな頃診断されることは日本では少ない、アメリカでは多い)でも、私は小学生のときからちょっと変わった生徒、手のかかる子だったようです。自分が病気だとちゃんと認識するのはとても難しいことです。周りに、何度も確認することになります。今はとても悲観的ですが、このブログを見て元気をもらいました。デート商法の電話の梨汁ブッシャーとか、大爆笑でした。。。また元気もらいに覗きに来たいと思います。上手に文章が書けません。上手に伝えることもできないのですが。ごめんなさい。
あや
2014/03/20 17:25
あや様
 はじめまして。違和感を感じているものの、「あなたはこういう病気です、障害です」と言われて実感できない。改善しようにも、そのとっかかりやモチベーションも手探り状態という感じでしょうか。そういう性分なのだと開き直るか、病気だと受け入れて治療の努力をするか。どちらを選んでも困難はあるし、どちらかに決めること自体難しいですね。気のきいた慰めやアドバイスなどできる立場ではないですが、こんなブログで多少でも気持ちを緩めていただけたなら嬉しいです。世の中は、上手に渡って満足している人の方が少ないような気がします。辛いなりに、なんとか切り抜けていきたいです。
tomoko
2014/03/20 19:48
こんなところで自分のことをすみません。小学校ではクラスには聴覚障害の子が、近所にはダウンの子がいました。高校では重度身障者のボランティアに通い、それがきっかけで大学は社会福祉学科。卒業後は特養介護職。ずーーっと福祉と関わってきて、中途半端な知識のせいで、自分が病気に逃げているのではないか、自分が障害者のフリをしているのではないか、と自分の脳みそが信じられなくなっています。そういうのも全部わかった上で、障害者手帳なので、きっと病気なんだろうなって思いながらも。昔行っていたボランティア先と、10年経った今また連絡を取ってみたり、近所のおばちゃんと散歩したり、無職ですがぎりぎり引きこもらずに生活しています。そうすると、またなぜ自分は他の人と同じように働けないんだろうと凹んできたり。黙ってれば、見た目全く不自由ではないのに、(私も好きでは無いですがいわゆる五体満足という概念。)何をこんなに不自由に考えているのかなぁといつも思います。主治医のことは信頼しているので、服薬コントロールとカウンセリングを自分の仕事として頑張らないとなぁと思ってます。私が初めてボランティアに行った先のおうちのお父さん(私はお会いしていないんですが、明治生まれで、障害者の娘の為にと私の地元に養護学校を立ち上げた方なのですが)が、「不自由者(障害者)にも権利と義務がある。その一番大切な義務は治療である」って冊子で書かれてて。時代が違うので、治療という言葉が誰にでも当てはまるものではないと思うのですが、、、私の病気も、一生のお付き合いになるものなので、気合い入れないとって思います。何年か通院してようやく覚悟は決まったつもりなのに。こうやって人様のブログにグチグチと。申し訳ないです。これからは、読者として覗きに来ます☆tomokoさん、文章がとっても上手で、ほんとに読みやすいです。お返事ありがとうございました。
あや
2014/03/20 22:41
あや様
 外見ではわからない障害の場合、自分の子に診断がおりた親は落胆すると同時に少しほっとします。「私だけが悪いわけじゃなかった」と。
 その気持ちが、「障害(病気)に逃げている」ととられることもあるかもしれない。でも療育(治療)に対峙する覚悟はそこで生まれました。
 ご自分の「病気」を自覚して外に向かおうと努力していらっしゃるのですよね。治療が義務というなら充分それは果たされているように思います。私も、子供の障害と一生付き合う覚悟がつくまでは悩みました。不自由や生き辛さと付き合いつつ、楽しみを見つけて日々を過ごしたいです。
tomoko
2014/03/21 12:30

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