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本のご紹介。以前テレビドラマ化され、自閉症の弟役の俳優さんの演技が絶賛されていましたね。文庫版には「その後の島田家」の様子が加筆されています。 可愛がっていた弟が自閉症と診断された時の衝撃にはじまるさまざまな家族の苦悩が綴られています。両親の協力体制、「自閉症」という障害があまり知られていなかった時代の無理解、学校で受けたからかいの言葉など、障害者のきょうだいの経験談としてはよくあるお話なのですが、私が印象に残ったのは以下の点。 まず、タイトルでもわかるように島田氏は「自分は逃げていた」と認識していること。 この本を読んだ限りでは、私個人の印象ですが彼女は決して「逃げている」とは思えない。 子供の頃弟のことに触れられるのが嫌だったといっても、決して弟を嫌ってはいない。しょっちゅうパニックを起こす弟を情けなく思っていても、一緒に外出してその騒動を止めにはいる。気にかけている。 父母の努力も認めている。いったいどこが「逃げている」というのか。福祉の道に進まなかったことを後ろめたく思っているというのなら、それは考えすぎだと思う。確かに、ご両親は少しそういう期待をしていたらしいが、そうならなかったことを責める気持ちはかけらもないと思う。 親の立場から見れば、充分すぎるほどに彼女は弟さんと関わっている。彼のことを思っている。なのに、どうして「自分は逃げていた」と思ってしまうのだろう。 きょうだいというのは、そういうものかと考えてしまいました。親とすれば、きょうだいはきょうだい、それ以上ではないのだから遠慮なく自分の道を見つけて離れていってかまわない、と思う。 でも、断ち切ろうとしてもできない何か、はやはりあるのかもしれない。 逃げたい、と思っているのになぜか逃げられない。 逃げていないのに、逃げている、と自分を責める。 同じことなのかもしれない。 もうひとつ。島田氏の弟さんは子供の頃から思春期のKと同じような自傷パニックを起こしているのだが、言葉で自分の気持ちをある程度伝えられるせいか、その様子が割と参考になった。 「ここでパニックになってはいけない」というプレッシャーが逆にバニックの原因にもなるらしい。自傷の様子がKよりもかなり激しく、その描写に心が痛みました。 |
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