障害児Kとおたく母の疾走日記

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zoom RSS ひとつ積んでは・・の親修行

<<   作成日時 : 2007/09/27 13:13   >>

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 小さなことから少しずつ。毎日の全てが積み重ね重度障害児の親として、これらの言葉を金科玉条、座右の銘と決め、常におまじないのように唱える日々であります。気分は修行僧

 「こんなことしていて何になる」「あんたの子供は、何言ったって見向きもしないじゃないか」という悪魔の囁きを振り払い、ストイックな自分に陶酔しているというのに。意外なところで修行に水をさされることもある。

 Kが養護学校に入学して間もなく。スクールバスにもバス停までの徒歩にもそろそろ慣れてきた頃でした。道路事情がよかったのか、定刻前にもかかわらずいつも横断する道路の先に既にバスが到着していたことがあります。

 道路を横断する時は、必ず信号に注目させ、「あれは赤。待とうね。」「青になったよ。行こう。」などと声をかけていました
 とても理解しているとは思えない無反応な横顔に、「いつかはわかってくれるはず、いえ、毎日繰り返すことで今まさに少しずつ理解しているところかもしれない。」と信じながら。

 だから、道路のむこうでバスが待っていても、車が全く来なくても、信号が赤だったから待った。

 そして、バスに乗せた時に当番の先生は。

 「お母さん、真面目だなぁ。車こないんだから渡っちゃえばいいのに。」

 その一瞬の「ナニヲイッテンダコノヒトハ」的頭の中真っ白状態は今でも忘れられない。

 車は通らなかった。でも、「赤信号は待つ」ということをずっと積み重ねてきた。
 今、ここで「こういう場合は例外ね」を通してしまったら、「もしかしてこの子のなかで形成され始めていたもの」が崩壊するのでは、と思ったから私は待った。

 だいたい、こっちが遅刻したわけじゃないし。

 「状況を見て判断する」なんてことが理解できるくらいなら、苦労はしない。命に関わることだからこそ、基本をしっかりたたきこまなきゃ、と思っていた。

 養護学校と先生に対して、あとからどう思い直してもある種の疑問をぬぐえなかった最大の一件でした。その後、特に質問や抗議はしませんでしたが。

 今は、中学生になってそれまでの成果を少しずつ見せてくれるKの様子から、修行の成果を見て取ることができるようになってきたから。
 「ただひたすらに、積み重ね」の信仰も修行も、めったにゆるがなくなりましたけどね。 

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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
ありえな〜い先生のお言葉ですね。私も、たとえ車が通ってなくても待つ練習をしました。で、青になったら渡る様になりました!でも、青にかわったらすぐ前へ出るので、突っ込んでくる車に注意です…「レインマン」のように、横断途中赤になったらその場で立ち止まるってことにはならないんですけどね。毎日のコツコツって身になると私信じてマス。呪文唱え続けますから!
菜津子
2007/09/27 20:43
 その先生は、子供の存在を忘れていたのかなぁ?そうなのよね、ちょっとでもファジーだと子供は混乱する。例外があると困る。でもこの世の中例外が多すぎて…大変だよね。お互い、一つ一つ頑張ろうねぇ。
キョン
2007/09/27 22:02
 おはようございます。
 がんばれK君ママ。
 修行僧如くは私も同じでしたよ。
 例外ばかりが通ったら世の中どうにもなりませんよ。それこそ、その先生、修行をもう少し積んだら良いのにね。積み重ねこそが大きな成果を上げるものですから、これからもがんばれ、K君ママ。
yuurakusya&太郎ママ
URL
2007/09/28 09:02
小さなことを積み重ねて、何年も積み重ねて得られた成果はことのほか大きな喜びを生みますよね。
それにしても先生なら普通の小学生にだって「赤だけど車が来ないから渡っちゃえ」とは教えないと思うんですけど(笑)
リンコ
2007/09/28 09:29
菜津子様
 そう、信号のない道路でも横断歩道をも探して渡っています。「この白い線の上しか通ってはいけません」とかね。
 基本の基本を淡々と教えるというのは大切だな、とつくづく思います。あせらず呪文を唱えたいです。
tomoko
2007/09/28 13:00
キョン様
 本当に、ファジーなことが多いから困ります。細かい状況が読めないうちの子のような人達は、教えられたことをきちんと守っているのに否定されてしまうということがあったらどんな気持ちになるか。生活の中の最低の基準だけはきっちり理解させたいのですが・・
tomoko
2007/09/28 13:05
yuurakusya様
 もう修行も10年をこえるとかなり悟ることができたというか、待つことや繰り返すことに耐性ができました。日々をあせらず過ごしなさい、ということを子供に教えられたようで、感謝しています。さらに修行を続けることでどんな悟りを開けるのか、楽しみです。
tomoko
2007/09/28 13:08
リンコ様
 今思うと、その時その先生にとって対象となる「人格」は私だけだったのです。息子は、何を言っても理解できない子、という意識がはからずも表に出てしまったということで。ちょっと悲しいですよね。 
tomoko
2007/09/28 13:11
うわ〜、そのお言葉ありえない〜〜〜!!確かに一人だったら走っちゃうのもありえる展開なのかもしれませんが、その先生は「たった一度の例外の怖さ」を知っていての発言だったのでしょうかね〜?「日々の積み重ね」って大事ですよね、障害があってもなくても大事なことだと思います〜。
ちえのすけ
2007/09/28 14:18
(−−)こういう方(教諭)っていますな。どちらかというと(障害に対して)理解のありそうな方のほうが、こういう発言をしがちなような...(偏見?かな^_^;でも過去の経験から)

その子にとって「どうか」という視点を欠いた発言を目前にすると、親としては不信感を持っちゃいますよね〜

すっごく解ります(-_-;)

人となりって、出ますよね(苦笑)
mirai~
2007/09/29 01:53
ちえのすけ様
 一度例外を作ってしまうと、自分も気持ちがゆるんでしまうような気がします。頭が固いと思われてもも、何が何でも貫くぞという意地を通さないとどんどんなしくずしになりそうでこわい。結局、健常な大人だって「まあいいか」で通してしまうようになっちゃうんですよね。
tomoko
2007/09/29 14:26
mirai~様
 先生も熱心なのですが、やはり親とは考え方が違うのかな、と思いました。養護学校という環境に慣れてしまった先生の方が、こういう「うっかり」はありがちのように思えます。
 日常の動きの全てについチェックを入れてしまうのが「親」ならば、仕方ないのでしょうか。
tomoko
2007/09/29 14:32

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