障害児Kとおたく母の疾走日記

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zoom RSS 障害者自立支援法と味噌田楽

<<   作成日時 : 2006/05/21 12:23   >>

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 なんだか大喜利のなぞかけのような。

 先日の夕食時に、市販の串付き味噌田楽を食べました。パクッと一口、串をすっと抜いたところ、串の先が尖っていない。よく見れば、串そのものもプラスチックです。

 ああ、安全のためね、というのはすぐにわかるのですが。

 ここまでしていただかなくても、と思ってしまうのです。

 おでんの串さえ危険と思われる幼児や老人、Kのような障害者には、まず串付きおでんはそのまま与えないし。普通の分別ある大人は、おでんの串でケガをするケースも少ないと思われます。また、歯茎を傷つけた等のアクシデントがあったとしても、それを食品会社の責任にする人がどれほどいるのでしょう。

 しかし、PL法以降、家電や玩具の取り扱い説明書が、なんかすごいことになっています。噛んで含める、を通り越して流動食みたいな説明。・・・私の考えは甘いらしい。

 イラク人質事件以来日常でよく使用されるようになったのが「自己責任」という言葉です。
 
 おでんの串で口の中を傷つけたり、ストーブの上で衣類を干して火災を起こすのは、「自己責任」で片付けてはいけないことと認識されているから。そして、事実「作った側の責任だ」という人がいるから、メーカーはたくさんの予防線を張っているのでしょう
 
 責任は自分以外のどこかにある、ということにしたいらしい。消費者も、メーカーも。

 こんな具合に、「責任」という言葉にふと考えてしまうのには理由があります。

 障害者自立支援法の当事者負担増加が親の側で話題に上る時も、「自己責任」という言葉がよく使われています。

まあ自分達について語っているわけだから、気を使う必要はないことかもしれないけれど。

 障害者を産んで社会の負担を増やした、という意味での責任ならば、それを自分達以外のどこかに持っていくのは・・・確かに無理があるよなあ、やはり。

 結構ハードな生活してるんですよ、なんていう事実は「責任をとっている」ことにはしてもらえないだろうし。

 よくわからないけど、とりあえず「自己責任」という言葉は当事者からも部外者からも誤解を招いていらない論争を生むかもしれないから、やはりこの場合は使うべきではないのでしょう。いえ、「責任」という言葉自体がなじまないような気がします。 

 障害児者に関する「責任」を論じたり、まして親にそのすべてを押し付ける意図は全くありませんので、誤解のなきよう。責任のありかを論じることは空しい、と感じただけです。 

 「味噌田楽の串の先が丸かった」というだけでこんなことがつらつらと頭に浮かび、なかなか寝付けなかった。こんな日もあります。

 でも、オチにたどり着かないまま眠ってしまったから・・大喜利で座布団はもらえないですね。
筋も理屈も通らない。なんかモヤッとしただけ、でした。・・・あ、串だから・・・いや、やめておこう。バカの上塗りになる。

 ちなみに、次の日食べたスーパーの惣菜の「うずら卵フライ」は尖った竹串を使っていました。(すみません、今夜は手作りカツを作ります・・・)

 とりあえず、「なんでも訴訟」とか、「謝った方が負け」みたいな文化が日本に浸透しないことを祈りたいです。

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。
責任って、負わせようと思えばいくらでも負わせられるものですよね。子どもにしても、産まなければ産まないで「社会の負担を増やす」と責められますし。責めるためだけに責任の所在を探すのは、無意味ですね。
説明書にかんしては、それこそ「レンジに猫を入れないで下さい」くらいのレベルで暗黙の了解を理解することが難しい人もいるので、書く側の本意がどうであれ、わかりにくいよりは良いかと思います。ああ、でもあんまり事細かに分厚すぎる説明書も、読む気がそがれますね。
いずれにせよ動機が「責任をなすりつけるため/なすりつけられないため」ではむなしいです。
ヒギリ
URL
2006/05/21 22:15
私の夫は洗剤会社に勤めているんですが“イチャモン”言ってくる人がいるんですよぉ!!
「お宅のシャンプー使ったら髪がゴワゴワになった」慰謝料ちょうだい!!会社の方は金目的と分っていても、ちょっとは払うみたいな感じでしょうか。だから色々と書かなくてもいいような事まで事細かく書いてしまうんでしょうね(^^;)常識ある人間が少なくなってきたってことなのでしょうか?
ちいこ
2006/05/21 22:32
ヒギリ様
 「誰が悪いのでもないこと」と「どちらも悪いこと」は、双方にそれを認める懐の深さとか技量のようなものがあってはじめて成立する判断のように思います。そして、世の中そういうことは結構少なくない。
 丁寧すぎる注意書きを見ると、そのへんのバランスについて、ついつい考えてしまうんですよね。でも、たまに「そうか、これやっちゃいけないんだ」なんて気付かされることもあるので、可能性があるなら書いておくべきなのかもしれません。
tomoko
2006/05/21 23:24
ちいこ様
 「消費者は王様」ですから、つらいところですよね。お金などが目的のクレーマーさんは非常識なんて承知の上なのでしょう。しかし、シャンプーと髪の相性なんて個人差なのに・・・とは思いますが、CMで見たようにはならない、ということでしょうか。そういえば、某シャンプーのCMの片隅には「使用感には個人差があります」ってテロップが・・・あれも、そういうクレームを予想してのことなのでしょうね。
tomoko
2006/05/21 23:31
他人の自己責任をあれこれ言う人たちは、自分の自己責任も貫徹してみたらいい、と誰かが書いていました。例えば自宅でうっかり火事を起こしてしまっても消防車を呼んではいけません、だって自己責任だから。道路を横断していて交通事故にあっても救急車を呼んではいけません、だって自分が交通ルールを守っていても世の中全部の人が守るとは限らない以上、外に出たら交通事故に逢うかも知れないことは予測できるわけで、それでも外出したのだから自己責任。とかとか。例をあげればきりがない馬鹿ばかしさです。

火事だの病気だのの時に、他人に消防車を呼ぶな救急車を呼ぶな自己責任なんだから、とか言ってたら人死にますよね。自己責任って行政なんかが使う言葉じゃないと思います。怖い思いもつらい思いも自分の責任知れないけれど、それは自分が自分に対して負うものであって、他人に「それはアナタの自己責任だから当然」とかいわれるもんじゃないっていうか…。なんかそう思います。
なつめ
URL
2006/05/22 01:32
なつめ様 
 三位一体の改革とやらで地方の財政が引き締め対策をとるようになってから、表面でなく水面下で「自己責任」という言葉をよく聞きます。行政はさすがに大声をたてないけれど、「ああ、自分達でなんとかしろ、これ以上手は差し伸べられないってことね。」と言われていることを庶民は感じているから。
 もっとも、相談に行っても法律の基本的な知識さえあやふやな市役所の職員の対応を受けると、いらいらして「もういい、自分でなんとかしよう」なんて思うことも・・・あ、これも行政の作戦かな。
 とにかく、少なくとも自分にある責任は自分からきっちり認めることのできる大人になりたいと思います。
tomoko
2006/05/22 12:10
イラクの「事故責任問題」あれって、国際的には、「なんで、あんな崇高な仕事をしている人を日本人はあんなに非難するのだ???」と言われたらしいですよね。確か女性のかたは、孤児を助ける仕事をしていたはず。確かに日本中が心配してるなかで「まだこの国に来たい」というのは反発をかったのかもしれませんが、彼女らはどういったふうに放映されていたのか全く全く知らなかったわけで・・・海外の困った方々を見てみぬふりの一般人より、直に現地に赴き助けの手を差し伸べた彼女の働き、運悪く拉致されてしまったけれど、なにゆえそこまで責める必要があったのか?と想ってしまいます。
なつめさんの意見、賛成です。なにがなんでも「自己責任」と言われたら世の中成り立たなくなりますよね〜、本当に。
ちえのすけ
2006/05/22 20:16
「イラクの問題」では、身代金としてなんでそんなに巨額の税金を投入しなくてはならなかったのか、と憤慨した人が多かれ少なかれいたと思います。危ないところにあえて行くな、と警告されていたわけですし。もともとはとても崇高な行いをしていた人だとは思いますが、結果的には他人に迷惑をかけて、どうしようもないというイメージになった感はいなめません。迷惑をかけないのならば何をしてもいいのですが。
「串」については、先がとがっている形状もいいですね。何かに使えるかもしれないし、なにより気をつけて食べようという気持が生まれます。自分が知っているいい格言に、「ご飯茶碗は子どもにも陶器の茶碗を用意せよ」という言葉があります。子どもはよく落として割るからプラスチックの茶碗を用意する大人がいますが、分別のわからない年齢ならともかく、物心ついたら陶器にするべきです。割れない茶碗を使うのではなく、「割れる茶碗だけれども割れないように使う」ということが大切だと自分は思います。
責任を論じるとき、人はどこか余裕がないのだと思います。「陶器の茶碗」の粋さがある、余裕がある世の中にしたいですね。
ハカナ
2006/05/23 00:21
ちえのすけ様
 いてもたってもいられずに自分で動いていた人達だったのでしょう。あの時の批判は、彼ら本人達というより、家族を心配するあまり世論の空気を読む余裕のない発言をしてしまった家族に対するものが多かったように思います。でも、大切な家族の命が危機に晒されている時に、じっくり考えた優等生発言ができたものかどうか。今あらためて思うと、いろいろなことを考えさせてくれますね。
tomoko
2006/05/23 20:29
ハカナ様
 はじめまして。串、というかご飯茶碗の件に関しましては、全面的に同意します。ある程度物心がついたら、「扱いに注意しなければならない物」は生活の中で教えるべきでしょうね。そうしないと、人間だけにとどまらないさまざまな物事に配慮する、という心は育たないと思います。お行儀の悪い食べ方をして手を滑らせたら、はかなく壊れるお茶碗・・・粋で、美しくて、潔いです。
tomoko
2006/05/23 20:39

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