子育て回帰

 書店に行くといつも幼児雑誌のコーナーを覗く。Kが気に入りそうなキャラクターと、手に取って遊んでくれそうな付録はあるかしら。

 最近はその手の雑誌の付録もDVDとか頑丈なプラスチックや電池で光るものとか、かなり本格的だ。お値段も張るけれど。
 孫へのおみやげでも選ぶ風情で品定めしていると、すぐ傍で2~3歳くらいの女の子とそのお母さんが絵本を選んでいる。女の子は迷っているようで、「プリキュアかなー、あ、音が出るのもいいなー」などと言いつつ楽しそう。

 見た目の幼さの割におしゃべりが達者な子で、お母さんとあれこれやり取りしながら自分で決めた本を手に取ってお母さんに渡す。
 お母さんが「それじゃ、ピッてしてもらおうね。」(多分レジでの会計)と言うと、女の子は深々とお辞儀をして「ありがとう!」とにっこり笑う。

 ・・・・かわいい。
 こんな様子を見かけるたびに思う。もしKが健常であったなら、もうひとりくらい子どもがいてもよかったかな。
 
 思うのだが、子どもを育てるってすごく不思議なことだ。辛いとか楽しいとかの次元じゃない、なんというか、子どもだけじゃなく自分や周囲の人々、社会一般のあれこれなどに対する認識がコペルニクス的に転回する。様々なものに対する尺度が変わってしまう。尺貫法がメートルになった感じ? いや、どうだろう。

 親バカ、愚かになったのだと言われればそれもあるかもしれない。しかしそれだけでは絶対ない、本能的な何かが自分の中に垣間見えてしまう。わかったようなわからないような。私も未だにわかりません。
 
 その後、その女の子はレジの手前でまた別の本に気付いて「ちょっと待ってー」とお母さんを止めていた。やっぱり可愛い。女の子も育ててみたかったな。

 母曰く、幼少期の私は口が達者で口答えも多く、大変可愛げのない子どもだったそうだ。今思うと、これを娘に直接言う親もそれを全く不快に思うことなく笑っていた思春期の娘もなんだかな。 
 でももし私に自分によく似た娘がいたら。多分しょっちゅう本気で大ゲンカしていたと思います。天国のお母さんありがとう。

 ほんわか気分で衝動買い♪
かすかべ.jpg
 クレヨンしんちゃん、カスカベ防衛隊Tシャツ。
 で、誰がどこで着るのか。私の部屋着かパジャマ、かな。

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