障害児Kとおたく母の疾走日記

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zoom RSS 可能性探し

<<   作成日時 : 2017/11/14 13:36   >>

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 地元の障害者アート展を見に行った。知り合いで支援学校卒業後に創作活動をしている人もちらほらいて、さまざまな作品の展示やそれをアレンジしたグッズの販売等があり、賑わっていた。

 色使いが大胆だったり、特に変わったところはないけれど妙に目が離せないキャラクターグッズがあったり。ハンカチやマスコットなど、小物をあれこれ買ってしまいました。 

 Kは、幼い頃から「お絵描き」も「塗り絵」もしなかった。クレヨンや鉛筆を握らせ、手を添えて教えても反応が薄い。
 「お絵描きして」と言うと、グシャグシャと線を描き(1秒くらい)ぽいっとクレヨンを投げ出してそっぽを向いてしまった。意味がわからないわけでもないようだ。要するに、興味がない。

 障害者「にも」可能性がある・・・じゃない。誰にでもある・・・はず。

 もしKが健常だったとしたら、どんなことに興味を持ったのだろう。どんな可能性があったのだろう。
 障害児育児に「たられば」は意味なし、これもまた鉄板鉄則だ。それでも時々考える。 

 「障害があっても さまざまな能力を持つ人がいるのに、ひどいと思います。」
 相模原の事件について、一般の人が語った意見のひとつだ。
 じゃあ、特に秀でた能力を持っていない人は?

 かなり重度の方も、この作品展に出品しているという。Kはその上をいく重度、ということか。
 そうやって比べること自体が間違っているのだろう。障害者「にも」、障害者「でも」、という言葉にいちいち引っかかってどうする。
 
 何らかの可能性や能力はあるのに、私が見つけてあげられないだけだとしたら。ごめんね。
 
 「友がみな我よりえらく見ゆる日よ花を買い来て妻としたしむ」(石川啄木)
 Kの好物、メロンパン(夕張メロンクリーム入り)を買って帰りました。

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。いつも更新を楽しみにしています。
Kくんのペンを握らせた姿が、まるで我がムスコのようです。わたしのムスコも、どうやら全く、絵を描く、文字や記号、に興味がない様子で。
そう、障害があるとはいえ普通の人間なので、特別秀でていない子だっていて当然…と思いつつ、障害者作品!素晴らしい色使い!等々見るともやもや致します。修行が足りないわたしです…。
きっと、興味のあるものはあると思いますが、親だからと言ってバッチリ見つけてあげれるか…というのは別問題よ、と思っています(^_^;)
ささみき
2017/11/14 16:05
障害児の親を長年やってくると、世の中のためにならなくても、人様に喜んでもらえなくても、ただただ、本人が楽しそう!と思えることに力を注ぐ、そんな風に思える分岐点がありますね。
だけど、いちいち引っかかってしまうことはいまだにありますよね。そんな時なにか、寂しい気持ちになってしまう私がいて、その引っかかりはなに?と、わかっているのに感じてしまう…
みま
2017/11/14 23:31
余談ですがうちもメロンパン(ならなんでもいい)大好きです
みま
2017/11/14 23:33
ささみき様
 私も修行が足りてないです。だから、全部「しかたないね」で終わらせてしまう。それなのに、なんとなくあちこちで引っかかっています。諦めたのならすっぱり割り切る、納得できなければ努力しろ、って話ですがエネルギーが続きませんでした(笑)。
 今、他愛ないおもちゃを持って笑っている姿が平和そうなのでそれでいいと思っています。
tomoko
2017/11/16 11:17
みま様
 本人が楽しそう、それに勝るものはない。迷惑をかけずにそんな日々を送れれば、それが最高だと思えます。それでもきっと、これからまだいろいろ引っかかっていくのでしょうね。
 今日もメロンパン買いました。うちは、表面の堅いところをはがして先に食べてしまいます。
tomoko
2017/11/16 11:21

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