障害児Kとおたく母の疾走日記

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zoom RSS そういえば、高校生だった

<<   作成日時 : 2011/01/21 11:55   >>

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 いつものように、Kを支援学校高等部の送迎駐車場まで送る。
車を降り、「いってらっしゃい」と軽く肩を押すと、船外作業中に力を加えられた宇宙飛行士のごとくゆるりと微妙なスタートで歩き出す。

 玄関にたどり着くまで100mくらいか。まっすぐ普通に歩けば、ゆっくりでも5分。
 でも、当然Kはまっすぐでもないし普通でもない歩き方で進んでいく。

 時々止まる。くるっと回る。植え込みの葉っぱを触る。
 空をぼーっと眺める。落ちている石を小さく蹴る。
 スキップする。また止まる。


 3歩進んで2歩さがる、なんてもんじゃない。登校指導の先生や後から歩いてくる子に、肩を押されたり手を引かれたりして促されると少しスピードが上がるものの、すぐに同じペースに戻ってしまう。以前、初めてひとりで玄関に向かった時はここでもその感動を書き留めた。しかし、最近はこの浮かれた登校にちょっと呆れつつある。

 やはりそんなふうにへろへろと玄関へ向かっていたある日、後から登校してきた軽度クラスの男の子がKを見つけて声をかけた。

 男の子「●●(苗字)くーん、早く行こうよぉ」
    
 それだけのことなのだが、妙にツボった。
 就学からずっと支援校、健常児との交流があっても相手はK達を「優しく関わってあげなくてはいけない子」として接してくれるから、かける言葉も態度も保護者・支援者のそれに近い。普段あれこれと重度の子を助けてくれる軽度クラスの子も、やはり似たような感じに見えていた。

 でもその日声をかけてくれた男の子は、離れた位置からごく自然にKに呼びかけた。お世話係とは違う響きの声・・・というか、「しょーがねーなー」と苦笑いする感じ

 あれ、なんか普通の高校生の普通の登校風景っぽい。

 いつもいつも、関わってくれる人=介助してくれる人、保護してくれる人、指導してくれる人、だから。
 うまく言えないけど、なんとなく新鮮に感じてしまったわけですよ、はい。それだけのことなんですが。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。
なんかわかります。

え?あれ?あ、、そうかぁ。。。みたいな。
上手く言えないですけど。
「障害」という言葉に一番縛られているのは
自分かもしれないなーと思う瞬間です。
自分にとっては。
koma
2011/01/22 19:55
koma様
 >「障害」という言葉に一番縛られているのは自分かもしれないなーと
 
 お世話をする・されるという関係、常に保護される存在、そう思い込んでいるからこういう言葉がふと新鮮に聞こえたのかもしれません。人との関わりっていろいろな形があるものですね。
tomoko
2011/01/23 20:03
はじめまして。ブログ読ませていただきました。
私は自閉症のしずか(中1)と毎週土曜日に市主催陸上教室に通っています。40名くらいの6年生クラスにまじっているのですが、子どもって本当に自然だな、といつも思います。特別親切でもなく、いじわるするわけでもないのです。しずかと朝会えば挨拶してくれるし、走るのが遅ければ応援してくれるし、しずかが悪いことをすれば露骨に嫌な顔をします。特別な人としてでなく、普通に接してくれることに毎週感動してます。
前田社労士
URL
2011/01/23 21:48
前田社労士様
 自然に接してもらえると、本当に嬉しいですよね。ともすれば親の方が、自分の子は普通の交流なんて無理、と思いがちです。ちょっと反省してしまいました。
tomoko
2011/01/24 11:17
そうね…そうですよね。
時々見せられる
(あっ!そうか!高校生の男子だもんなぁ〜)
って 場面。
なんかいいなぁ〜って
1人にやける母ですた(笑)
こるね
2011/01/24 21:26
こるね様
 なんかいいなぁ〜、まさにそれなんですよね。形ばかりの高校生で中身は幼児と同じ、みたいな感覚だったので。たまに垣間見る一般的な成長イメージが余計に嬉しいです。
tomoko
2011/01/25 15:20

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