障害児Kとおたく母の疾走日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 課題への挑戦

<<   作成日時 : 2010/07/02 12:37   >>

トラックバック 0 / コメント 6

 前回の続き。

 さて、Kに対する「ライナスの毛布ひきはがし大作戦」を決行するか否か。すべては私の決断に委ねられた。

 先生「お母さんも御苦労されると思いますが、いかがでしょう。」
 私 「・・・・・やります。頑張ってみます。」


 言っちゃった。いつもこうだ。できるかどうか、ってことを深く考えないんだ。我ながらあきれる。
 でも、結果としてできちゃった時のお得感は半端ない。
  
 さて、比較的(そう、あくまで比較的)、情緒の安定の日常化を確認した頃に作戦開始。

 まずは、ステージ1。
 ・機嫌がよさそうな時はあえて「それ」を渡さない、見せない。
 ・要求されて初めて与えること。


 要求の頻度を記録しつつ実行。割と順調に進み、「それ」を要求するのは、登校時などのいわゆる場面転換時に限定されてきた頃。

 ステージ2
 ・しばらく状態が不安定化しないことを確認したら、「それ」を要求されても与えない。
 ・「それ」よりややなんというか、サイズも小さく自然に見える2アイテムを代替物として与える。


 この2アイテムは、「ライナスの毛布」よりはるかに「日常身に付けて歩いても違和感なし」で「活動の邪魔にもなりにくい」、ファッション的見地からもポイントの高いものです。
 すっごくわかり難いけど、「ついこの間まで●●をいつも身に付けていた支援校の生徒」は多分K以外に存在しなかったと思うのでネット上ではこういう表現しかできません。

 
 登校の車から降りる時、前日までそうしていたように「アレをちょうだい」のしぐさを見せたKの顔を覗き込み、私は首を横に振った。

 「アレは、もう出しません。」

 すぐに納得してくれるはずがない。「何言ってんだ、母ちゃん」みたいな顔で、要求を繰り返すK。

 「ううん、もうアレは使いません。」

 何度か同じやり取りをするうち、母の意思は伝わったようだ。表情にありありと不安が浮かぶ。
 そこで、先生が提案してくれた2アイテムを持たせてみる。

 「今日から、こっちにします。」
 
 さあ、どうする。祈るような気持ちでKの顔を見つめる。ずいぶん長い時間に思えた。

 不安の表情に、ちょっと諦めっぽい雰囲気が見えた、その直後。
 Kは、その2アイテムを持って歩き出したではないか。
 
 いつもいつも、Kの成長の確認作業はこの送迎駐車場で、私と離れて歩き始める時だ。親から離れてひとりで歩き出す、その瞬間。子は何かしらの決意をするのかな。

 その後、Kはそのアイテムを少しずつ縮小、時には身につけることなく行動できるようになってきた。自傷が全くなくなったわけではないが、以前のように激しく長時間、ということはなくなっている。
 また、悪目立ちしないスタイルで出掛けられるというのは連れ歩く私達にもストレスが少ない。重い荷物をひとつおろしたような感じ。

  次の課題は、何かしら。・・・・たくさんありすぎて、どれから立ち向かえばいいのかわかりまへん。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
こだわりが小さく出来てよかったですね♪(^^)♪
知的障害&自閉のある方の場合、「これがなくちゃ」というアイテムを抱えた方は多いような気がします。以前電車のなかで成人した男性が「ヒラヒラレースのついたキティちゃんのピンクのポーチ」のようなものを大事そうにキッスしながら持っていて、正直違和感を感じたのを記憶しています。
同じこだわりにしても、世間的に違和感がないものにすりかえることが出来たのは行動の幅を広くしてくれると想います。夏休みのお出かけも幅が広がりそうですね♪
ちえのすけ
2010/07/02 13:17
毎回、いろいろ考えながら読ませていただいております。
いつも読ませてもらうだけで、なかなかコメントできずにおりました。
(まだ未熟者の初心者障害児ママですので。。)
ただ今回のお話は、本当に有り難かったです。
私の考えは、「どうせみんなと同じは無理なんだから、人を傷つけなければ、こだわりはあってもいいじゃないか」でした。
「人に奇異に思われても、本人が安定できれば、周りも楽だし」とも。
でも、無理から取り上げるのは論外ですが、スモールステップで、本人が不安定にならず、作業やお出かけにも邪魔にならなかったら、これは素晴らしいことです。
本当に私は未熟者で、本人のためなんていいながら、自分が楽したいだけじゃないのか、と改めて感じさせられました。
これからも先輩ママさんの経験を読ませていただき、精進していきたいです。
本当にありがとうございました。
みお
2010/07/03 00:40
ちえのすけ様
 本人がそれで落ち着いていられる、まわりに迷惑をかけない、ならそれでいいじゃないか、そうは思うのですが、現実問題、「一歩引かれて妙なフィルターかけて見られている」というのはちょっと寂しかったのです。理解しようと思う前に、避けられてしまいそうで。この夏のおしゃれはちょっと気合いいれてやりたいな、と思っています。
tomoko
2010/07/03 21:06
みお様
 私も、基本はずっと「自分が楽をしたいから」でした。今も、だいたいそうです(笑)。
 一緒に外出するには、外食をするには、旅行に行くには、どうしたらいいか。全部、「自分が行きたかったから」です。私が面倒みなけりゃいけないなら、面倒見やすいようになってよね、と。
 でも、少しずつそれに応えてくれる、子供本人も頑張っている、と感じると、ああ、この子も社会的存在でありまわりに受け入れてもらうことを喜んでいるんだな、と思います。すべてにおいて頑張るのは大変だけど、頑張れるところを一緒に頑張ろう、ならばできそうな気がしました。皆、毎日これでいいのかな、と思いながら子供に接しているのだと思います。自分に自信を持っていいのではないでしょうか。
tomoko
2010/07/03 21:20
いつも拝読させていただいております。
今回の件、おめでとうございます。親子共々、良く頑張りましたよね。素晴らしいです。
私もついつい面倒になって安易な方を選びがちですが、子供も大きくなるに連れ、障害者だから仕方ないとあきらめて通るより、積極的に社会に溶け込める障害保有者を目指して努力することが必要だと痛感いたしました。
どんな人も、健常者も、成長に応じてそれなりに辛い儀式があったり努力や我慢を強いられて大人になっているということを忘れてしまうというか、障害児だから勘弁してね、という甘えがあったように思います。
心を強くしてこれから親子共々頑張ろう!と思った矢先・・くじけた出来事、聞いてくだされ。
病児保育室に登録しているわが子、早速熱を出し利用しようかと運営母体の病院へ行ったら「障害児は対象にしてないんだよね〜」と医者に開口一番言われました。まずは黙って診察しろよ!その後、心配なら子供の様子を聞いてくれ!と帰宅後にメラメラ怒りの炎が湧き上がっている私です。
フウッ〜
あき
2010/07/06 14:01
あき様
 ありがとうございます。いろいろ考えたのですが、可能であれば社会に受け入れられやすい状態にもっていきたい、と思いました。でも、社会の方で歩み寄ってほしいと思うところはその都度声をあげていきたいです。
 何か理由があったのかもしれませんが、そのお医者様ももう少しやわらかい言い方をしてほしかったですね。さまざまな場所で予想外の経験をするのが日常的になってしまいますよね。
tomoko
2010/07/07 21:05

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
課題への挑戦 障害児Kとおたく母の疾走日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる