障害児Kとおたく母の疾走日記

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zoom RSS 配慮の読み違い

<<   作成日時 : 2009/03/11 13:02   >>

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 「障害児の親です」とか「障害者です」と告げた途端にその場の空気がちょっと揺れる、というようなことを以前書きました。

 その後しばらくの間は、告げられた人達がなんとなく言葉を選んでいるように感じることがあります。
 とんだ地雷原に足を踏み入れてしまった。注意しないと、地雷を踏んで「差別だ」とか「悲しい」とか言われてしまう。そんな緊張感が漂います。

 ここでいう地雷というのは人それぞれなので、さらにややこしい。

 同じことでも「気を使ってほしい」人と「むしろ放っておいてほしい」人がいる。
 障害者の「害」が気になるかならないか、さらにはいちいち呼び方まで配慮しなくてもいいとか。

 健常者の中にいる時は常に心を鎧で武装しているような人の鎧がけっこう脆かったりする。また、全く無防備な様子の人がものすごく打たれ強かったり。

 どこまで配慮したらいいのか、またしない方がいいのか。はっきり言って、日常であまり障害児者と関わらない人にとっては全く見当がつかないのでは、と想像されます。

 結局障害者に対する配慮、って何なのだろう。言葉、待遇、意識。
 どこから見てもそれはいかんだろう、というレベルの差別や暴言などはともかく、「配慮」というもののさじ加減がちょっとわからなかっただけ、と思われる感情や行動の行き違いもよく目にします。

 配慮する側とされる側、どこまで踏み込んでいいのか、という探り合いがうまくいかない時に「言葉狩り」「自粛」とか「障害者だから許してほしい」の切り札乱発、になってしまうのかもしれない。

 せめて地雷扱いされないように。あえて踏み込んできてくれる人には安心していただきたいです。

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「障害者のいる風景」…何がそこを地雷原にするの?
 息子が通う学童保育所に重い知的障害の子どもがいる。  ワタシは息子の迎えにいくときなど、彼と接しようとしている。他の子どもたちに接するより積極的に接しようとしているかもしれない。何故、敢えて接しようとしているか解らない。もしかしたら「解らない」を知りたくて接しようとしているのかもしれない。  障害児K君の母tomokoさんは、障害児(の親)と知る事、障害児の環境に接することを 「地雷原に足を踏み入れる」と表現したが、それがほんとに地雷原かどうか、そも地雷とは何なのか? を確認しようと... ...続きを見る
dr.stoneflyの戯れ言
2009/03/27 13:55

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
わかります。あの独特の空気、何度経験しても居心地が悪いですよね。
僕は、基本的に障害を打ち明ける対象の人に対しては「こういうことがありますから、頭の隅っこにでも入れておいてくれると嬉しいですー」という感情を抱いています。
なので、変に気を遣われて今までの関係がギクシャクしたり、地雷扱いされてしまうとものすごく悲しいです。
逆に「もっと君のことについて教えて欲しい」なんて言われると本当に嬉しい気持ちになります。
例え障害に対する理解がほぼ0の人であったとしても「この人は僕のこと、僕の障害のことについて知ろうとしてくれてるんだ」ということが、たまらなく嬉しいんですよ。
先日それを経験したので、思わず書き込んでみました。
刈人
URL
2009/03/11 14:32
刈人様
 頭の隅っこにでも・・・それくらいの感じでかすよね。そして、さらに理解しようとしてくれならさらに嬉しい。その気持ち、すごくよくわかります。そんなふうに少しずつ理解者を増やしていけたらいいですね。
tomoko
2009/03/12 13:37
初めてブログ読ませてもらいました。
ただの通りすがりの知的障害者の親です。

読んでて私も「あ、これあるなあ」という点と、逆に「ごめんね、わからなかった」と言われた時に「うん、うちの子、軽度の障害だから…」って、うそついてしまう自分もいたりして、子供が小さいときは自己嫌悪の連続でした。(息子は自閉症なのでパッと見はわからない時があるのです)
でも、だんだん大きくなるにつれて起こす事件も大変になってきて、こちらにも覚悟というものが出来たとき、初めて回りの人との関わりもスムーズになってきたと思います。そして時代が表面的にも一応、障害者に理解がある…、という態度を一般人に求められる時代になってきたんじゃないでしょうか。まあそれを利用して障害者本人も親も大胆に生きていっていいんじゃないのかな。
またおじゃまします。tomokoさんのがんばっている日常を覗かせてもらいます。
ヨシピー
URL
2009/03/14 13:50
ヨシピー様
 はじめまして。子供が小さい時は、やはりどうしても受け入れられない部分があって悩みました。でも、今は確かに少しずつ障害者を理解する、またはそういうそぶりをしないとまずいかな、という空気になってきましたね。そのおかげでちょっとだけ楽になってきたような気がします。お出掛けや社会参加もできる範囲で心がけたいです。気持ちを軽くして頑張りたいですね。
tomoko
2009/03/14 14:34

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