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酷暑を迎える前に毎年やっているのが、家のまわりの草むしり。除草剤は使いたくないので、大雑把ではあるが軍手をはめて黙々と。 わしわしと根っこから引き抜いたり塀にからまる蔦をはがしたり。ついでに床下にシロアリ避けの薬をまき、ゴキブリよけも仕掛ける。この作業を梅雨明けの炎天下でやるのはごめんだ。 こういうことをやっているまさにその時、草や虫になんか悪いなあ、とか思ってしまう。カマトトぶってるんじゃないわよ、今更何いってんの、と自分で突っ込みながら。 しかし実際のところ、ただ条件がいいところに生えたり湧いたりして生きている、繁殖しているだけであり、それは生命として基本の使命。 でも、ごめんね、我々人間はその「基本の使命」を全うするために面倒なことをいろいろクリアしたり排除したりしなくちゃならなくなった。生きるのも繁殖するのも条件がキツイ種族なのよ。 住居が傷む、虫刺されでアレルギーになる、夏場の不衛生で体をこわす、こういうことが軽視できないの。家の修復も医者通いも、日々を細々生きている人間には致命的なこともある。 人がごく普通に生活する上で最低限必要な条件て、数え上げたら次々に増えてしまって結局「最低限」ではなくなる。つい欲張りになってしまう。 大昔の世界みたいになって、ほら穴に住んで狩りをして夜は雑魚寝で、みたいな生活で充分というなら面倒なことはずっと減るだろうし、見慣れた雑草や虫にいちいち神経を尖らせることもないだろうな。 ついでにいわせてもらえば、そんな世界ならKみたいな人だってなんとな〜く自然に居場所があるのかもしれない。従わなければいけないものや、様々な基準も少ないだろう。 まあ、気にもされないということは守ってももらえない、ということだから。真っ先に天災や飢餓の犠牲になることも当然予想される。 それでも。 そんな世界ならば、多分親も周囲の人々にも、もしかしたら本人にとってもそんなことは想定内であり、運命として静かに受け入れておしまい、ではないだろうか。 生きる上で縛りがない、というのはそういうことのような気がする。 悲しいとか苦しいとか辛いとか、そういうことが怖いとか嫌だとか思えないというのは楽だろうな。 どんなふうに生まれてどんなふうに死ぬかなんて考えてないしいつそれがあっても当然、の世界。 ああ、雑草と虫だ。アリやムカデは多分、自分が生んだ個体が踏み潰さるたびに悲しんではいないと思う。 わずかな時間の草むしりの間にこういうわけのわからん妄想ができる自分にあきれつつ飲む、労働の後の缶コーヒーは最高に美味しかったです。 |
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私も先週お隣との境の草むしりをしました。長袖長ズボン、首にはタオル、頭には目深にかぶった帽子、腰から蚊取り線香をぶらさげて…。 |
リンコ 2008/07/01 12:21 |
リンコ様 |
tomoko 2008/07/01 12:56 |
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