障害児Kとおたく母の疾走日記

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zoom RSS 五体満足、の重み

<<   作成日時 : 2008/06/02 12:42   >>

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 「五体満足(知的にも)であれば、充分です」
 「心身ともに健康に育ってくれるだけで、いいです」


 有名人が妊娠や出産をした時などのインタビューでよく耳にする言葉。たいていは当たり前に聞いているけれど、ごくたまにひっかかってしまう。

 「充分です」「・・で、いいです」・・・・・・・か。

 つまり、それらは「無欲な者の最低限の願い」である。さらにひねって受取ると「通常ならば叶えられて当然の願いであり、決して贅沢な望みではない」という解釈もできる。

 それでもいい、とは思う。でも、少々落ち込んだ気分の時に聞くとちょっと絡みたくなってしまう。

 「私と私の子は、あなたにとってのそのささやかな望みさえ叶えてもらえなかったんですけど」
 「いいです、ってなんだよ、健康だの五体満足だのっていうのは、結構ハードル高いんだぞ


 つまり、
   
  「五体満足な子を授かるという願いさえ叶えば、それ以上は望まない」という謙虚かつ純粋な親心からくる言葉に聞こえることもあれば、

  「五体満足というごく当然の願いなら、叶わないことはないだろう」という我々からすればかかなり傲慢と受け取れる言葉に聞こえることもある、ということ。

 五体満足を望む、という気持ちを無欲と取るか欲張りと取るか。一般的には全く問題ない発言なのに、感受性が濁っているっぽい時はそこまでひねるか、というような受取り方にをしてしまう。

 だから、自分の精神的健康度はこういう言葉を聞いた時の感覚でわかる。絡みたい気分の時は多分「あ、私今日は疲れてるな」ということ。

 それだけの話なのです。
 誤解されそうだけど、我が子の健康を願うのは親であれば当然だし、それを言葉にすることをはばかる必要は全くない。子供に対する愛は大いに語るべきです。
 ちょっとひっかかったからといって、その言葉をやたらに捉えて狩り出すのは趣味じゃない。

 別に今の自分が精神的に不健康だというわけではないけれど、同じ言葉なのに素直に受取れる時とそうでない時があったなあ、ということをワイドショー見ながら思い出したわけで。

 すみません、僻みと言われればそのとおりです。全くもって、それ以外のなにものでもない、わかってます。
 でも、子供が健康に生まれて順調に育つっていうことは、それだけでとてつもなくありがたくて贅沢で幸運なことだよね、っていうことだけは身に沁みているんです。 

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コメント(14件)

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わかりますーーーっ><
おんなじこと言われたり、見たり、しているのにズンドコになっちゃう時ありますよねぇ〜
ワタシも妊娠中は「五体満足であれば、でも、できれば男の子」なんてお気楽にしていました。(両方望みは叶わなかったけど)
五体満足であることがどんなにスゴイことか、わかっている今の自分はエライ!と思っちゃうのは今日は精神状態がヨロシイようです(笑)
歩く事、座る事、健常者がごくごく普通に出来ることを、訓練しなくちゃ出来ない、というか訓練しても出来るかどうか、と知った時には愕然としましたっけ。
「五体満足であれば」なんて言って産んだくせに、お受験して私立の幼稚園入れるくせに、、、と、ワイドショー見ながら思うのは、やっぱりヒガミでしょうかね(笑)
リンコ
2008/06/02 19:02
>一般的には全く問題ない発言なのに

いやー、やっぱり問題じゃないですかねえ。障害者に対する配慮を欠いているのは明らかですし。
我が子が障害者だったら、または障害者になったらどうするつもりなのでしょう・・と思うし、逆に五体満足(この言葉もあまり好きではないのですが)でも、傲慢な人間に育ったら、それでも「充分だ」と言えるのかな・・とか考えたりします。
アッキー
2008/06/03 02:04
リンコ様
 そうなんですよね、他の子がちょっと教えただけで、いや場合によっては教えなくても自然にできることを、しつこくしつこく「訓練」とか「療育」してやっとできるようになる自分の子。できて当然、と思えることでもそれができることに感謝しようよ、とか思います。ちょっと言い方間違えるとまた「障害児の親は僻みっぽくて付き合いにくい」とか言われてしまうおそれがあるので、心の中でそっと呟くだけですが。
tomoko
2008/06/03 12:42
アッキー様
 生まれた時から持っていたものに感謝するのは難しいし、それを与えられなかったことは実際不運なのかもしれません。当然のことに感謝するとか、当然からはみでてしまったことを迷いなく受け入れるとか、よく考えれば難しいことですね。「五体満足」という言葉は字面をよく見ると確かにやや違和感を覚えます。
tomoko
2008/06/03 12:50
うんうん、解ります〜。そういう気持になるときってありますよね〜。私たちのこの気持をもっと一般のかたがたに理解してもらえたら、障害のある子とは無縁の生活をしている一般の保護者さんにも、我が子への有り難みとか生まれてきて、もっと子どものことを考えてくれるんじゃないか、虐待や過度の期待などなくなるんじゃないか、と思うことがあります。とはいっても当事者じゃあないと難しいかもしれませんがね・・
ちえのすけ
2008/06/03 13:38
ああ〜そうですよね。
そもそも、
>自分の精神的健康度
を気にしてるところが、日頃の苦労がうかがえます。私もいつも意識してしまいます。自分達親子の甘えか、それとも当然のことなのかって。私なんて、とことんひねくれてしまってるので、=しあわせなんて、永遠に続くものではない=と思ってます。五体満足でよかったね。しあわせなときは思いっきり喜んで。これからいろんな事あるから。・・・これってひどいでしょうか?
でも、自分たち親子だって、いやな時間ばかりでないし、しあわせな時間の貴重さは
身に沁みてわかってますよね。五体満足に生まれたって、人生いろいろ(笑)みんな頑張って生きていこうね!!って言うのは
きれいすぎますか。

・・・子供が入院中、事故で障害者になったお子さん、たくさんいました。亡くなるお子さんも・・・。忘れられないです。
みくに
2008/06/03 14:38
こんにちわ。障害児(身体障害1級+療育手帳A1級だぞー!)のオヤジです。お気持ち、よくわかりますよ〜。絡みたくなるときもありますよね〜。一方で五体満足だけで良いって気持ちも良く理解できますよ。障害を持つ人のことを考えれば問題がないとはいませんが、正直なところでしょうね。

最近、まったく障害のことをご存じない方に我が子の様子を説明する機会がありまして、包み隠さず話したところ、きちんと理解して下さいました。直接そういった人と触れるだけでなく、こういったブログやメディアを通して、障害を持つ人とその家族の様子が知られるようになれば、お互いの気持ちも変わってくるのかな?って気がしています。
障害児のオヤジ
URL
2008/06/03 14:41
ちえのすけ様
 健常児が虐待を受けているニュースなどを聞くと、どうして、と悲しくなりますよね。事情はあるのでしょうが、健康に生まれてきてくれた時の感動を忘れずにいたい。「おかあさん」と呼んでもらえることのありがたさははかりしれないです。
tomoko
2008/06/04 10:02
みくに様
 五体満足だから幸せになれるとは限らないし障害があってもそれがすべての不幸の元ではない。でも障害児を産んだ親は、スタート地点からいきなり乗り越えねばならない山を目の前にでーんと置かれたようなものでしょうか。でも、山を越えればいいことあるかな、と思うことにしています。そう考えることで精神の健康をなんとなく保っている感じですね。
tomoko
2008/06/04 10:10
障害児のオヤジ様
 知らない人からすれば子供は普通に異常なく生まれてきて当然なのでしょうね。でも、障害について話をする機会を持ったりホームページやブログで発信することで少しずつお互いの理解が深まればいいな、と思います。そんな気持ちで周囲の人々と接していければいいですよね。
tomoko
2008/06/04 10:14
私は、チャレンジドの方々と触れ合うようになって、チャレンジドの方々を「可哀相だ」と思わなくなりました。
それどころか、いわゆる「健常者」の中にも、「心のない」輩がいるんで、自分を「健常者」などと称することが恥ずかしくなりました。
はっきり言って、チャレンジドの方々の方が、心は健全だと思う事は相当多いです!!
第二館に、『「可哀相」なのはどっちだ!?』と言う拙い詩を書かせていただいております。
よろしければ、読んでみて下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/takabigon123/30794706.html
たかびごん
URL
2008/06/04 21:01
たかびごん様
 健康のありがたさを意識することなく無茶な生活をしている人も少なくないですよね。自分は違う、今もこれからも、と言い切れる人がどれだけいるのか、考えたいです。
 詩、読ませていただきました。さまざまな立場の人々に寄せる思いがわかります。これからもこの気持ちを多くの人に伝えていただければ嬉しいです。
tomoko
2008/06/05 12:20
実は私、「元気な赤ちゃん産んでくださいね」という言葉も苦手でして・・・。
前に身ごもっても生むことができなかった経緯があること・・などもあって。
大体の親は元気で五体満足な子どもを生むつもりでいるのに何でだろうね、と思ったりします。
ボウズ母
2008/06/07 20:41
ボウズ母様
 「元気な赤ちゃん」、これもまた「それができなかった」経験のある方には複雑な響きがあるのでしょうね。何もなければそれが当然、でも実はそうでもない、ということは、自分がまだ知らないことにもたくさんあるのだろうな、と思います。自分も「当然」の範疇に入れるかどうかなんてわからないんですよね。
tomoko
2008/06/08 11:12

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