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障害児の学童クラブを作ろう、と養護学校の保護者が活動を始めてから正式に認可がおりるまでには2〜3年かかったようです。 この事実が示す、気付きにくく忘れがちだけど重要なこと。 懸命に活動したにもかかわらず、自分の子はその学童クラブに参加することができないまま学齢期を終えた人もいる。 我が子のために、と思ったけれど、願いが叶った時その恩恵は受けられなかった。でも、後悔はしない、不満も言わない。そんな人達が、確かにいたのです。 親の会として活動する。障害を持つ我が子のために、という親心が力となる。でも、それだけでは大きな山は動かせなかった。 それぞれが我が子の利益のみを考えていたら、同じ方向へは動かない。同じような子供達や家族のことまで思いを寄せることで力は増幅し、それがまわりまわって我が子に別な形での利益をもたらすこともある。 福祉とか社会とか、大きな構造に働きかける時って、そういう気持ちが大切なのかもしれない。自分の周囲の環境を変えることだけに努力しても、構造が同じなら結局何も、永遠に変わらない。同じ悩みを持つ人が次々に現れるだけだ。 障害児学童クラブの設立当時の考え方は、 「保護者と指導員が対等な立場で、子供達を第一に考えて運営すること」だったそうだ。 親と子供と指導員が、一緒に考えて同じ喜びを得る。ただ利用料を払って預かってもらうだけ、という場所にしてはいけない。これが初心だよ、と教えられた。 「やってもらう」のではない、「自分達がやる」。これが基本。 きれいごとだとか理想論だとかいうのは簡単。でも、理想は掲げておいたほうがいい。 目標とする基準の高さを最初に決めてそこに看板を掲げる。その看板が遠ざかって見えてきたら、「堕ちている」ということ。それを自覚するために。 正直な話、とんでもないところに関わってしまった、とも思う。小心者で事なかれ主義だったから、設立の苦労なんて知らない、ただ子供を預かってもらえばそれでいい、と思っていたこともある。 でも、関わっていくほどに、「もう逃げるな、しっかり前を見ろ」という声が聞こえてくるのです。 関連過去記事 「障害児学童クラブの苦悩」 「障害児学童クラブの考え方」 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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こんにちは。 |
dr.stonefly 2008/04/14 14:58 |
以前息子が幼いときにお世話になってた障害児も受け入れていた幼児教室と同じスローガンだなあと思いました。お母さんと保育士さんで運営する教室、役員さんの仕事はめちゃくちゃ忙しかったし(息子のためにと引き受けました)バザーになるとほかの保護者も集まってそれは忙しい。でもそのなかで親子ともに得るものは大きかったと思います。「自分たちがやる」大事なことだとこの頃すごく思います。他力本願では誰も助けてくれない。まず自分たちが動かなければ誰も認めても手をさしのべてもくれない。我が子のためには間に合わなくてもと、設立のために動いてくださった保護者の方々に敬意を表します。 |
ちえのすけ 2008/04/15 14:15 |
dr.stonefly 様 |
tomoko 2008/04/15 14:48 |
ちえのすけ様 |
tomoko 2008/04/15 14:52 |
はじめまして |
みゃー 2008/04/17 01:33 |
関わること、大切 |
みゆきちゃん URL 2008/04/17 07:05 |
「お頼み申します」ばかりではどうにもならないのですね。動くしかない。動いて、動いて貰うまでガンバル。そして、継続なのでしょうね。 |
yuurakusya&太郎ママ URL 2008/04/17 09:06 |
私のことなのですが、10年ほど前に小規模作業所から社会福祉法人を設立する事務をしました。多くの方の善意や協力によって設立しました。 |
せいじ 2008/04/17 12:22 |
みゃー様 |
tomoko 2008/04/17 14:23 |
みゆきちゃん様 |
tomoko 2008/04/17 14:24 |
yuurakusya様 |
tomoko 2008/04/17 14:28 |
せいじ様 |
tomoko 2008/04/17 14:35 |
関らなければ身になりません。 |
hbar 2008/04/20 14:11 |
hbar 様 |
tomoko 2008/04/20 20:10 |
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