障害児Kとおたく母の疾走日記

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zoom RSS 望んでいた「普通」と手に入れた「普通」

<<   作成日時 : 2008/01/05 20:18   >>

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 本当に、静かな新年だ。
 とりたてて楽しくもなく、かといって不満もない。時間が一定のリズムできっちり過ぎていく。

 そういえば、お正月に限らずふと気付くとそんな日が多い。いつの頃からだろう。

 Kの障害とその重さをはっきりと意識したまさにその瞬間、「これで私の人生は終わりだ」と思った。

 どんなふうに終わるかが違うだけ。絶望と苦悩のまま生き続ける、子供を捨てる、手にかける、自分が死ぬ、一緒に死ぬ。そのいずれかだろう。でも、小心者だから多分死ぬことも殺すこともできずに苦しいだけの一生を終えるに違いない。 そんなことばかり考えていた。

 「普通」で「平凡」な生活と人生はもう絶対に手に入らない。ただそれだけが、ショックだった。

 予想通り、捨てることも殺すことも死ぬこともできないまま十余年。
 
 予想外だったのは、今が「苦しいだけの生活」とは思えないことだ。それどころか、実に平々凡々な日々を淡々と過ごしているような気がする。

 いつのまにか、「重度障害児の親としての生活」そのものが私にとって「平凡な普通の生活」になっていたらしい。 

 面倒なこともあるけど、楽しいことがないわけじゃない。Kの将来に不安はあるけど、連れて歩いたり他人に紹介したりすることを恥ずかしいとは思えなくなったし、努力してきた結果が少しずつ形になりつつある。

 自分の楽しみ、弟君の成長、自分達の老後の展望。Kに関すること以外に目を向ける気持ちがでてきた。それらもすべて安泰、というわけではないけれど。

 多くを望まないのが「普通」で「平凡」ということならば、これで上々ということか

 私があの頃手に入れたいと思っていた、でもKのせいで諦めようとしていた「普通の生活」はいったいどんなものだったのだろう。今となってはわからない。
 大層な高望みだったのかもしれないし、今からでも努力しだいで手に入るものかもしれない。

 この「普通」で充分だ。今はそれしか考えられません。 

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは
>あの頃手に入れたいと思っていた「普通の生活」はいったいどんなものだったのだろう。今となってはわからない。

きっと同じだったのではないかと・・・
幸せを感じられる喜びは今の方がきっと大きいのではないかな^^

私の母が突然他界して残された父が半身不随になって介護の日々だった頃を思い出すと天から地へ落とされた様な気分でした。でも喜びもあったしね。
人間思いどうりにいかなくなった時に、「これで私の人生は終わりだ」と思うものらしい^^;人生色々あるけどtomokoさんのように頑張ってる人に頭が上がらない私です!

ちいこ
2008/01/05 22:28
自分らしく生活することが一番
みゆきちゃん
URL
2008/01/06 06:43
 tomokoさん、良いところに心の平穏を見つけられたと思いますね。良かった。
 苦しいことは続くとは思いますが、それとて考え方次第です。どん底より下は無いのですもの。
 ずっと先のことを心配など無用ですよ。人生の展開は分からないものです。 神様は何方にも平等に喜怒哀楽を分けてくれるものと私は信じています。
yuurakusya&太郎ママ
URL
2008/01/06 09:38
ああ・・私も昔は同じように考えていました。我が子の障害がわかったとき、「障害児の親=一生苦労と不幸の人生」という図式が頭に浮かんでしまって。でもうちも、今大変なことはやはりありますが、あのころ考えていたよりはずっと穏やかな日々だと思えます。子供が障害児でなくても、お金やら仕事やら嫁姑やら、人それぞれに大変なことは何かしらあります。現状に感謝しつつ生きていくことができればそれが一番の幸せなのかも知れませんね。
ちえのすけ
2008/01/06 09:49
ちいこ様
 人生いろいろな状況があるけれど、その中で心穏やかにいられることがいちばんですね。確かに、人生というより思い通りにいかなくなったことに絶望するのかもしれません。予想していたのとは違う、というだけで、決してそれより不幸というわけではないですよね。
 心穏やかにいると、自分、最近あまり頑張ってないな、なんて感じます。それもまた悪くないなとは思います。
tomoko
2008/01/06 13:41
みゆきちゃん様
 そうですよね、自分らしく生きているということ自体が「普通」なんてあやふやなものよりしっかりしていると思います。
tomoko
2008/01/06 13:42
yuurakusya様
 以前はずっと先のことまで考えすぎて悩んでいましたが、今は落ち着いて、穏やかに過ごしつつ努力することで将来につなげようと思います。どん底より下はない、どん底もまた覚悟していれば怖いものなどありませんね。
tomoko
2008/01/06 13:45
ちえのすけ様
 そうですよね、不幸の原因なんてあらゆるところに落ちているし、ひとつつまづいたからといってすべてが悪くなるわけでもない。そんなことがわかるまでに、ずいぶんな年月がかかりました。これからも穏やかに、ぼちぼちいければいいなと思います。
tomoko
2008/01/06 13:48
遅ればせながら、あけましておめでとうございます!

典型的な日本人の男>家事、雑用はしない、休みの日は遊んでるだけ。
そんなんだった私が、まさか洗濯、洗い物、買物等々を日課にする日がくるとは思いませんでした(^^;
慣れない間は洗濯干すだけでヘトヘトになったりしたもんですが、そうしていく内に主婦の方の大変さとか、自分が如何に家事という“仕事”をなめていたかとか、そして、如何に母親が偉大かとか・・・

多分、おかんが腰や膝を患わければ、私はそんな“当り前の事”も知らないまま、タダのグータラなヲタおやぢで人生終わってたかも知れないなと、最近思います。

おかげさまで最近おかんは調子は比較的良い模様。
おかんにはまだまだ及ばないと感じつつ、天気を気にしながら洗濯干すのが最近ちょっと楽しい“普通の”日課になってきてます(^^)

今年もよろしくお願いします〜
yaskazu
URL
2008/01/06 21:43
yaskazu様
 おめでとうございます!
家事とか育児って、自分の親で間近に見ていても、本当に経験しないとその大変さは絶対にわからない最たるものだと思います。グータラなおやぢで終わっても何の不都合もないでしょうが、経験して損したということはないですよね。お母様への感謝と愛が深まってなによりです。まだ寒い日が続きますが、お大事に。
tomoko
2008/01/07 12:36

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