障害児Kとおたく母の疾走日記

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zoom RSS 障害の体験

<<   作成日時 : 2007/11/14 12:23   >>

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 弟君が学校で「障害を擬似体験する」という体験学習をしたそうだ。

 車椅子で移動する。アイマスクをつける。その状態で、街に出る。さまざまな障害を持った人の日常を、身をもって知るということで理解が生まれる、ということです。

 子供たちはそれぞれに、「見えないということ」や「車椅子で移動すること」の大変さを理屈抜きで実感し、驚いていたようです。

 弟君は、自分の兄が「障害者」であるということはもちろんわかっています。でも、多分彼の気持ちとか喜怒哀楽についてはよくわからない。

 親である私だっていまひとつよくわからないのだから、当然です。

 「重度知的障害」の擬似体験ってできないのかな。

 こういうときは、つらいんだ。

 こういうときは、うれしいんだ。

 こういうときは、かなしいんだ。

 そんなときは、こうしてほしいんだ。


 ・・・そんなことが身をもって、「実感」できる方法は、ないですか。

 先週ご紹介した本「条例のある街」の中でも、「知的障害者の中には、差別されても虐げられてもそれを訴えることができない人がたくさんいる」というようなことが書かれていた。

 いや、虐げられていることすら理解できないこともあるかもしれない

 知的障害の重い人は訴えたいことを「当事者」として語れない。常に親などの保護者、支援者が代弁しなければ伝わらない。
 でも、その代弁者だって彼らの本当の気持ちを理解しているのか、伝えられているのかといえば・・自信はない。

 「少しずつ理解する、してもらえる努力」の日々が長いと、つい考えてしまうことです。

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コメント(20件)

内 容 ニックネーム/日時
障害の擬似体験については、当事者としては「あんなものでわかった気にならないで欲しい」という方もいるようですね。
それでも、障害を全く知らなかった人が当事者の大変さを少しでも実感するというのは、きっと意味がありますよね。その人がいざ障害を持つ人に出合ったとき、「全然関係ないよ」って思ってたときよりは変わってくるかもしれません。

それにしても、知的障害を持つうちの次男本人は、どれだけ自分の障害を感じているんだろう。時々その辺の子からからかわれているけど、そんな時でも笑っているけれど、本当は気付いているのかな。とか、知りたいと思うことがあります。
もし本当に知ったら、切なくなるかもしれないけど。
あむあむママ
URL
2007/11/14 16:29
 ウチのようなもっのすご〜い重度だと、時々、世界中で一番幸せなのかもって思うよ。人から嫌味言われたっていじめられたって全然わからないから平気だし、ちょっとなんかできるといっぱい誉められるし。難しいめんどくさい事もしなくて良いし。
 でも、それも私が思い込んでいるだけなのかもね。実は意外といろいろ悩んでいたりしてね。そこんところがわかんないものね。知的障害者の疑似体験…怖いかも。(^^ゞ 私には、そんな根性ないかも。
キョン
2007/11/14 17:39
知的障害の体験って、私のイメージでは、言葉の全くわからない国に1人で立っている時かなぁと思ったりしてます。
英語圏ではなくて、以前中国の田舎に1人で行った時、英語も通じず、モチロン中国語も分からず、なんとなく漢字は読めるんだけど、何言ってるのかさっぱりわからず。なのに、現地の人はどんどん分けわかんない言葉で話しかけてくるし、てんぱりました。
今、自閉症の方と関わっているんですが、そんな感じなのかもなぁと想像したりしています。
macky
URL
2007/11/14 18:51
本当に、「重度知的チャレンジド」の擬似体験、やって欲しいですね!!
今週末、チャレンジドの我が友・Nくんと一緒に「ハートセンター(長崎のチャレンジド福祉センター)文化祭」に行ってきますよ!!
たかびごん
URL
2007/11/14 20:30
 身体障害者の疑似体験はしやすいけれど知的障害者の疑似体験は出来ないと言ってもいいでしょうね。それほど外からは見えにくいですものね。なまじっかの知的障害者の疑似体験を。などどしたならかえって不評をかいそうな気もします。それほど難しく分かりにくい障害なのかもしれないと思ったりします。知的障害者に関わっている保護者の皆様のご苦労は分かっているつもりですが。まだ、甘いかもと思っています。
yuurakusya&太郎ママ
URL
2007/11/15 08:58
以前、「LD児の疑似体験」って言うのを聞いたことはあります。象形文字みたいなのを渡されて皆の前で読めと言われる。当然読めないから???でいると、周りがそのひとをからかいあざける・・っていう教員むけのロールプレイングだったような。知的障害の疑似体験は難しいですよね。確かに。当事者の書いた本など読むとまさに生きているだけで精一杯という感じがします。せめて親だけはよき理解者でありたいです。
ちえのすけ
2007/11/15 13:47
あむあむママ様
 私も、まったく知らないよりは経験した方が何かしら感じてもらえるのでは、と思います。うちの子の場合、ケラケラ笑っていても療育の先生によると「これは楽しい状態の笑いではない、けっこう辛い状態なんです」と言われておどろいたことがありました。その後しばらくは表情さえもよめない子なのか、と落ち込んだことを覚えています。長く付き合ってやっとわかる、ということも多いです。
tomoko
2007/11/15 15:29
キョン様
 私も全く同感です。この子は私達が気にしているよりずっと楽しく過ごしているのかもしれない、トイレを失敗したって汚いという自覚がなければとうってことないし、とか。でも、悲しいとか辛いこともないはずはない、ならそれはどんなことなのか。体験すると、予想以上に大変なものかもしれませんね。
tomoko
2007/11/15 15:32
mackey様
 ああ、それはわかりやすいたとえですね。そういえば、うちの子に「脱いだものを洗濯機に入れてね」と言ったらゴミ箱にいれてしまい、「違う、洗濯機よ」と注意したらびっくりしたそぶりで、キョロキョロしながら衣類を持って困った顔をしていました。何か言われているようだけどわからない、という雰囲気そのものでした。でも、同じ状況を何度か体験することでかなり理解できるようになりました。やはり少しずつ伝え合うのが確実なのでしょうか。
tomoko
2007/11/15 15:40
たかびごん様
 分かり合える方法をいろいろと探していきたいですね。この時期はどこでもイベントが続きなので、私も連れて行けるところには出掛けていきたいです。
tomoko
2007/11/15 15:41
yuurakusya様
 想像ができないから、どこから理解していいのかというとっかかりが難しいです。だからせめて、保護者がカバーしながら誤解や偏見を取り除く努力はしたいです。やはり地道にコツコツ、ですね。
tomoko
2007/11/15 15:44
ちえのすけ様
 そういうロールプレイイングもあるのですね。わかりやすいかもしれない。
 高機能自閉症の当事者の方の本などを読むと、想像を超える感覚とか考え方、意外な辛さに驚くことがあります。語ることができる人の話から推測するのも方法のひとつですね。
tomoko
2007/11/15 15:48
疑似体験、大切。
みゆきちゃん
URL
2007/11/16 01:10
みゆきちゃん様
 本当に、そう思います。大変だ、と理解し、その生活をずっと続けている方たちのことを少しでも考えてほしいですね。
tomoko
2007/11/16 11:53
理解を深めるには、やはり体験して感じることが大切ですね。激しく共感いたしました。
座間(神奈川)や市川(千葉)のキャラバン隊はご存知でしょうか。知的障害のことを理解してもらおうと、体験・劇などを織り交ぜたユニークな活動をしています。関連記事を書いてますので、よかったらご参照ください。http://gami.at.webry.info/200708/article_9.html
http://gami.at.webry.info/200708/article_10.html
あと、疑似体験についても、少し視点が違いますが、私なりの思いを書いています。http://gami.at.webry.info/200710/article_6.html
なんだかPRになってしまいましたが、気が向いたらで結構ですので。一応、トラックバックもさせていただきますが、掲載しなくても結構です。
よろしくお願いします。
GAMI
2007/11/17 10:51
GAMI様
 ご丁寧にありがとうございます。さまざまな活動で、全く同じ感覚は共有できないまでも少しずつ理解してもらえればいいと思います。地道な活動を続けている方がたくさんいるのだとわかるだけでもとても心強いです。
tomoko
2007/11/17 13:36
ご本人の悲しさとか辛さとかは正直想像するのが難しいです。でもだからボランティアに行ったときには嬉しそうにしてもらえるとほっとしました。ボランティアは「嬉しい」「楽しい」のところを盛り上げるお手伝いなので、ある意味気楽です。悲しい辛いにも寄り添えるのは、やっぱり家族なんでしょうね。朝の通勤路に知的障害のあるお子さんを連れたお父さん、お母さんが通ります(駅の近くに特別学級のある学校があるようです)。そのしっかりつないだ手を見ると、毎朝胸があつくなります。自分も子供を大切にしようと思います。じろじろ見ては親御さんが嫌だろうと思うので、子供にだけ微笑みかけてすれ違います。反応してくれる子はいないけど、でもそれぞれの速度で一所懸命歩いている彼らに、いってらっしゃい、の気持ちが伝わるといいな。すみません、なんか一人語りしてしまいました。
なつめ
URL
2007/11/17 18:28
知的障害と同じかどうかわかりませんが、私は以前精神が愚鈍になっていた時期がありました。その頃の感覚を思い出せば、「つらい」というのは“心に擦り傷がつく”というような感じでしょうか。ぐさっと心の芯まで刺さることはなくても確実に傷ついてすり減っていく。それを思うと、本人が理解できなくても差別は潰さねばなあ、と思います。
アッキー
2007/11/18 07:46
なつめ様
 ボランティアさんが楽しんでくれると子供たちも楽しいようです。一緒に盛り上がってくれていることを感じて安心するのかもしれません。
 微笑みかけてもらっているお子さんは、きっとなつめさんの笑顔を受け取っていると思います。反応が薄いように見えても、少しずつ吸収しているな、と思えることは多いです。
tomoko
2007/11/18 21:23
アッキー様
 心に擦り傷がつく、ですか。それが繰り返されれば、ひとおもいに刺されるよりも辛くて痛いことでしょう。傷跡だって残りますね。そんな傷を負わせることなく、痛みを伝える術のない人達に接することができればと思います。
tomoko
2007/11/18 21:32

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