障害児Kとおたく母の疾走日記

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zoom RSS 差別と区別

<<   作成日時 : 2007/11/12 12:38   >>

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 だから、挑発的なタイトルは自重・・・まあいいや。 

 私の実家の近くには、知的障害者の入所施設がある。自立支援法施行後どのような運営形態になっているのかは未確認だが、少なくとも私が幼い頃は「知恵遅れの大人の人が入院しているところ」(40年近く昔の子供の考えです、ごめんなさい)という認識だった。

 障害が軽い人は結構自由に外出していたようだ。

 ごくたまに、民家を覗いたとか勝手に入り込んでつまみ食いしたとかいう「小さな事件」はあったと聞いたが、あまり騒がれることもなかったように思う。苦情などもあったかもしれないけれど、町内の日常が壊れることはなかった。

 いや、そういうこともひっくるめて、ご町内の日常だった。

 公園で遊んでいる時、小学校の下校時、子供によく声をかけてくる人もいた。子供心にもやはり、「なんかちがう」人と感じた。それでも、今どきよく聞く「事件」のようなことは少なくとも自分の周辺では記憶にない。 

 「精薄」「知恵遅れ」という言葉も頻繁に使われていた時代。私も知的障害と精神障害の違いすらわかっていなかった。

 そして、大人もそのへんの詳しいことを教えて認識を正そう、という意識はなかったのでしょう。「このへんにはそういう人がいるから気をつけなさい」と言うだけ。その言葉には、嫌悪も非難もないけれど親しみや共生感(と表現していいのか)も感じられない。
 
 「三○目の夕日」の時代から10年、くらいの頃。まだ人の心に余裕があった、とか単にのどかだったということはあるかもしれない。

 でも、今になって思う。当時のそんな「ご町内の日常」は、住民が「そういう人」たちをあたたかく見守っていたのではない。

 区別、していたのだと思う。

 差別ではなく、区別。施設から外に出て同じ道を歩いていても、その人たちは自分達とは別の世界の人。

 たまたま近い場所で生活しているからすれ違うが、自分達とその人達の人生はこの先絶対に交わらない。関わることもない。そう信じていたから。

 幼い自分も例外ではありませんでした。
 でも、今自分は「そういう人」の母となり、同じような人々とズブズブに関わっている。なんてこったい(笑)。

 多少の奇行を見ても具体的な被害がないのなら放っておく。何かあったら施設に苦情をいれるなり警察に訴えるなりすればいい。
 自分達の平和な日常とは切り離された世界の人に必要以上に関わったり注意を向けたりすることなど、無意味であるし時間の無駄。 
 自分も家族も健常であり、働けば働いただけ生活は向上する。子供は順調に育ち、いい学校を出ていい仕事につけば安定した幸せを得られる。それが当然、と信じていられた高度経済成長期でした。

 幼い頃の記憶だけをたよりに想像できるのは、ここまでです。

 そして今、障害の有無に関わらず、安定した未来の保証など望めない時代。弱い立場の人が、さらにその下の人を不満のはけ口にしている。不満を言えない人々にしわ寄せがくる
 
 「自分もいつ弱者と呼ばれる立場になるかわからない」そんな不安を誰もが抱えているから。よけいに無関心ではいられないのかもしれません。手を差し伸べるか蔑むか。関心の示し方が違うだけなのかも。  

 ホームレスの人々に暴行する人。救済に飛びまわる人。
 それらのことに全く心揺れることなく無関心でいられるのは、良くも悪くもいろいろな意味でまだ心に余裕のある人なのかもしれない。

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。ほんと仰る通りだとおもいます。
でもね、関心を寄せているだけでいいのだろうか?なんて思ってしまったりして、矛盾と問題に満ちた社会を打破したむこうでワタシはどうするんだろう。
本当の意味で生きることが問われるんではないか、なんてドロドロと考えてしまったTBをさせて頂きます。
dr.stonefly
2007/11/12 18:53
 何事にも関わることには体力気力が伴わないと出来ないことですね。そういうものを肌で感じているのがほどんとではないでしょうか! ですから、意識の中に入らないようにバリアが自然と張っているように思います。
 障害者の母としての31年近くの間、どれだけの人が手を差し伸べてくれたか。数えるほどしか居ませんでした。それは、関わることのシンドサが手を引っ込めさせたのだろうと思います。
 それに、知的障害か精神障害か身体障害か区別の付かない人も多いですから、差別などとより、自分たちと違うと区別しているだけなのだろうと思いますね。
 
yuurakusya&太郎ママ
URL
2007/11/13 09:16
あ〜、確かに昔の私もそう思っていたかもです〜。同じ学校に小学校から特殊学級があり慣れていましたが、「あのクラスは私たちとは違うところ」っていう意識はどっかにあったかもしれませんね〜。いまと違ってノーマライゼーションなんかなかったし。でもほんのすこしずつでも理解は進んでいます。いつかブレイク?するんじゃあないかと楽しみ?にしているんですよ♪いつのことだか判らないけれどね〜。
ちえのすけ
2007/11/13 13:23
私も子供は異常無く生まれて当たり前なんて思っていました。浅はかでした。
息子を育てて9年しか経っていませんが、その間に障害児であることを話した相手の反応はおおむね「大変ね、でも頑張ってね」でした。頭から疎外されないだけいいかな?いや「対岸の火事」感はありますがそれでもありがたいのでしょうか。
攻撃的な関心の示し方は御免ですね〜。
もよこ
2007/11/13 19:04
dr.stonefly様
 自分とその周辺が平穏で、その外にあるいろいろなことに全く関心を持つことも積極的に関わることもない人生は幸せだと思います。その内側しか知らなければ。でも、平穏の外に一歩出て歩き始めた途端に「いや、まてよ。何かおかしい」と感じました。でも、何がおかしいのか実はいまだによくわからないのです。
tomoko
2007/11/13 20:49
yuurakusya様
 関わることはしんどいです。私だって、関わらざるをえなくなったから関わり始めたし。自分とは別世界の話だからといえばそれまでですが、その別世界にいつ引き込まれるかわからない、ということも身に沁みてわかりました。
tomoko
2007/11/13 20:52
ちえのすけ様
 昔の特学はいま程交流もなく、私達からすれば普段どのようなことをしているのか全く謎でした。まさに別世界。でも、今少しずつ障害のことや特別支援のことが取り上げられていることで「同じ世界のことなんだ」ということをわかってもらえたらいいですね。
tomoko
2007/11/13 20:55
もよこ様
 私も息子の障害をはっきり意識した時に最初に思ったのが、「なんで私が!」でした。自分の人生には絶対に波乱などないという根拠のない自信があった。「大変ね、頑張って」の声を抵抗なく聞けるようになったのは、人生に波乱はあって当然、ない方が嘘、と考えることにしてからです。対岸の火事と思われていても、見舞ってくれる気持ちがあるのならありがたいと思うようにしています。
tomoko
2007/11/13 21:05

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