障害児Kとおたく母の疾走日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 立場変われば

<<   作成日時 : 2007/05/14 13:40   >>

トラックバック 2 / コメント 8

 親の会で毎年参加している地元の福祉イベント(市民団体に活動報告やバザーをやらせてくれる)の実行委員会に参加。

 これは学校・PTAとは関わりがないけれど、恒例行事。しかしもう今年の場合何がなにやらわからん状態です。とにかく、バタバタと出席しました。

 席に着き、しばらくすると他団体の代表らしい女性が数人。並んで座れる席が空いていなかったため、椅子を移動する相談をしているようでした。

 ひとりで出席していた私が、その中のひとりに、「あのう、席をつめましょうか?」と声をかけました。私がひとつ横の席につめれば、全員が座れるようだったから。

 すると、相手の女性はなぜかすごく怪訝な顔で私を見ます。数秒の間、無言。

 私は何か悪いことを言ってしまったのだろうか。気まずい雰囲気にちょっと戸惑い始めた時、傍にいた他の女性が、「あ、何か?・・・あ、そういうことね。・・・○○さん、この方が、お席を詰めましょうか、って。」

 その瞬間、私は全てを把握しました。彼女は、耳が不自由だったのです。そして、彼女が所属していたのは「手話の会」でした。

 私が声をかけた時、彼女は私の唇の動きを読もうとしていたらしい。知らなかった、というか外見だけでは全くわからなかったとはいえ、申し訳なく思いました。

 結局、席を移動する必要もなく全員が座れたのですが。
 会議が始まると、彼女の傍らの女性は司会者や発言者の言葉をものすごい勢いで小さな紙に筆記し、次々と彼女の前に差し出します
 
 障害とか福祉とかをあれこれ考える機会は多いけれど、自分達とはあまり関わりのない障害持つ方と接する機会は少ない。
 常々知ってほしいと訴えている自分もまた、角度を変えれば「知らない」側の人間なのだという事実を突きつけられたわけです。

 会議中、一度だけそのご本人が口話で発言されました。イントネーションに僅かな癖が感じられた他は、全く不自然ではありません。

 障害があっても、いろいろな交流を持ちたいと願って努力している人々は、世界を変えてあちこちに存在する。そんな人々を、もっと知りたいと思いました。

 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
見て分かる障害、分かりづらい障害。
「立場変われば」について tomokoさんのブログからリンクさせていただきました。 ...続きを見る
みんなだいじなこどもたちだよ。
2007/05/15 10:38
ある出会いから学んだこと
 tomokoさんの「立場変われば」、みんなだいじなこどもたちだよさんの「見て分かる障害、分かりづらい障害。」の記事を読ませていただきました。  お二人のようになかなかうまく表現できませんが、読みながら思ったことを書いてみようと思います。 ...続きを見る
一歩ずつすすんで♪
2007/05/15 20:54

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。
確かに、身近にないと、なかなか理解しにくいですよね・・・・。
以前こちらで教えて頂いた「障害者の経済学」を読み返しながら思ったのが、「障害者についてどうして理解されにくいか?」で、「接することが余りないから」。もっともっと交流の機会を増やすのが必要だけどなかなか、だよね〜と思っていた所にこの記事を拝見しました。
アカリ
URL
2007/05/14 17:35
 振り返って我が身を考えると、少しも努力らしいことをしないで毎日を過ごすことに精一杯だったような気がします。唯一母親として何をしてきたかといえば「太陽の子守歌」という障害者の息子の一生を書き残せたことでしょうか。こちらの記事を毎日のように読ませて頂くと、果たして自分は良い母親だったと言えるのだろうかと思わざるを得ません。障害者全体を見る余裕が無かったですね。
yuurakusya
URL
2007/05/15 07:25
障害を理解するって本当に難しいですよね。
うちの子は自閉症だけど、文字のせいか自らを閉ざすというように後天的になったものと誤解をされやすいですね。そのせいか自閉症の子をもつ親御さんは持って生まれた障害であるという事とその特性について特に理解して欲しい・・・と願っているように思います。
だけど私自身はどれだけ他の障害の事を理解しているかと考えるとまだまだだと思います。
休日に活動する場をお母さんたちと作っていますが、そこに来る肢体障害のお子さんと接するたびに、どう抱いてあげたら楽なのか、どこまで手を貸してあげたらよいのか戸惑うことばかりです。同じ障害児の親でもそうなのだから、全く関わりのない所で生きている人達に理解してもらうのは難しい事ですよね。
まずは自分からだなといつも感じています。
りょうママ
2007/05/15 09:17
>常々知ってほしいと訴えている自分もまた、角度を変えれば「知らない」側の人間なのだ
なるほど。
私もかつて手話サークルに通っていました。まるで外国に来てしまったような感じでした。障害者でも全ての障害を知っているわけではない。相互理解は難しい。
アッキー
2007/05/15 23:47
アカリ様
 自分も、子供が健常児であったなら多分すべての障害とは無縁であり、また知りたいとも思わなかったかもしれません。全く関わりのないところから「知りたい」「関わりたい」という気持ちになるのは、とても難しいですよね。
tomoko
2007/05/16 09:12
yuurakusya様
 お子さんのお話、少しずつ読ませていただいています。私も、毎日頭の中をぐるぐる回っているのに答えの出ないことをまとめたくてこのブログを始めました。自分も多分いい母とはいえない。でも、こんなふうに考えているうちに何かみえるものがあれば、それを子供の成長や社会とのかかわりに生かしていきたいと思っています。
tomoko
2007/05/16 09:16
りょうママ様
 私も、よく「視覚や聴覚の障害があっても、知的に健常であればいろいろなことができるだろうな、羨ましいな」とか考えてしまいます。でも、同じ障害でもその重さも違う、さらに、軽度だからといって重度より楽というわけでもないとか、大変さはそれぞれに違うとか、難しさを感じています。
tomoko
2007/05/16 09:21
アッキー様
 以前読んだ「累犯障害者」で、聴覚障害当事者の方の手話と健常者が覚えた手話は、微妙に伝わり方が違うと書かれていたのを思い出しました。すべてを理解することはやはり難しいのですね。でも、互いに思いやるために関わりをもつことは大切だな、と思います。
tomoko
2007/05/16 09:25

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
立場変われば 障害児Kとおたく母の疾走日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる