障害児Kとおたく母の疾走日記

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zoom RSS 無回答、という優しさ

<<   作成日時 : 2007/01/10 13:52   >>

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  ようやく新学期が始まり、肩の荷が下りたと同時にドッと襲ってくる疲労感。

 我が子と関わることが疲れるなんて、お叱りを受ける物言いかもしれない。でも、普通の中学生なら、「親が疲れるほど」関わられるなんてゴメンだよ、と言うでしょうね。

 親がいなくなっても、どんなに努力しても、多分誰かに関わってもらわねば生きていけない子を育てている。疲れの中には充実も徒労もすべてがある。どっちがどっちなのか、ぐちゃぐちゃな状態で存在する。

 そのすべてを受け入れることに慣れてしまった、というのはどこかの感覚が既に麻痺しているせいかもしれない。

 麻痺して感じなくなった感覚は、痛みだったのか癒しだったのか。もう思い出せない。それは幸せなことなのかな。

 自分でもよくわからんことをボケッと考えているうちに思い出したことがある。

以前、親の会で活動紹介とバザーを兼ねたイベントのようなものを開催し、お客様に無記名でのアンケートをお願いしました。

 その質問の最後は、次のようなものでした。

    @ 生活の中で、障害者と関わりを持つことがありますか? 
    A 関わりがないと答えた方へ・・・関わりを持ちたいと思いますか?


 さて、@の質問で「ない」と答えた方の、Aに対する答え。

 「持ちたくない」は0。 しかし、8割くらいは無回答でした

 よくよく考えれば、回答しにくい内容です。でもそれだけに、ああ、納得できる結果だな、と感じました。

 ・いくら無記名とはいえ、こういうイベントに来場しながら「持ちたくない」と回答することはちょっと・・・気が引ける。

 ・また、即座に否定するほど消極的でもない。

 ・けれど、正直なところ積極的に関わっていこう、というほどの気持ちもいまひとつ・・・


 選択肢に「どちらともいえない」をつければ、そこに集中したか、といえばそうでもないと思います。その表現も、否定的にとられると思う人はいるでしょう。

 でも、アンケートの末尾には、あたたかい応援や励ましの言葉がいっぱいでした。

 みんな、ごく普通のいい人なんですたとえ匿名でも、正直な気持ちを隠せない。その気持ちは普通に考えて非難されるものではないけれど。

 でも、「建て前」から突っ込まれたら弁解は難しいこともわかる。

 深くは考えていなかったのだけれど、意地悪な質問だった。「建て前はわかってます。本音を聞かせて」と言われているような。

 申し訳なかった、と今でも思います。  

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「差別語のこと」…足がない≠ニか障がい者≠ニか
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dr.stoneflyの戯れ言
2007/01/10 15:32

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