障害児Kとおたく母の疾走日記

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zoom RSS 世間との温度差自覚

<<   作成日時 : 2006/08/11 12:22   >>

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地元で開催されたイベントで、以前Kと同じ療育を受けていた障害を持つお子さんと、そのお母さんに会いました。「久しぶり」と近況を語り合い、一旦離れて会場を見ていた時です。

 イベントキャラクターと順番に写真を撮れるコーナーがありました。私はKを同行していなかったので参加はせずに遠くから様子を見ていると。

 先ほど出会った子がいました。しかし、どうも様子がおかしい

 よく見ると、写真を撮ろうとしている別の親子に近寄り、一緒に映ろうとしてポーズを取っています。

 写真を撮りたいのに撮れない親子は、「なによ、この子」という感じの目でその子を見ている。周囲のスタッフも、最初は状況が掴めなかったようで、しばらく気まずい雰囲気が。

 自分が行って説明ようかと思った時、その子はその場を離れてお母さんの元へ戻って行きました。まわりの人々もほっとした様子。

 図らずもそこまでの状況を見てしまった私は、ちょっとショックでした。

 その子は知的障害があっても人懐こくておしゃまな子で、療育仲間や先生からも可愛がられていました。にこやかに近寄ってきて自分をアピールし、こちらが言葉を返すと喜んでくれる。とてもいい子です。

 その子は多分、いつもの笑顔で近付いてその場の仲間になりたかった、ただそれだけ。いつもお母さんや先生にそうしているように

 そして、それもまたいつものように、受け入れられるものと信じていたのに違いありません。
 
 でも・・・その場面では、その子は明らかに「異端」。その子をまったく知らない人々にとっては、その行動は奇異なものでしかなかった、ということでしょう。

 よく考えれば。いえ考えなくてもわかりそうなものですが。障害児の親を長く続けていると、そのへんの意識は麻痺してしまいがちです。

 理解してくれている人に常に囲まれていると、その外側が見えません

 「かわいいね」「頑張ってるね」・・・全ての人がそういう目で見てくれるわけではない。

 あたりまえじゃん、という声が聞こえてくるようです。

 調子に乗って鼻歌交じりに歩いていると、時々こういう小石に躓いて、はっと気付くことも多い。私のようなお調子者を時々戒めてくれる、ありがたい小石です。 

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コメント(10件)

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確かにそうなんでしょうね。でもやっぱりたっくんと出掛ける場所はそういう行動を理解してくれる場所が多いので、なかなかそういう場面に出会わない。頭では理解しているつもりなのですが、実際そういうことをたっくんがしていたら、困ったな〜〜と思うしかないのかもしれません。
チハル
2006/08/11 12:42
友人にダウン症のお子さんがいて、大ちゃんって言うんですけど、毎年地域の盆踊りに友達と2人で舞台に上がって踊るんですよ。普通は舞台の上に一般人は上がれないんですけどね。大ちゃんは見た目もダウンって分かるから皆に声をかけられて、可愛がられます。このお子さんは傷ついたでしょうか?写真を撮っているのが、もし私だったら、どんな態度で接しただろうか?考えさせられました。
ちいこ
2006/08/11 15:11
私はけっこうそういう場面にでくわします。
見てわからない障害の怖さ、ですよねえ。
どうしたらいいのか、私が首をつっこむことで事態が悪化したりしないかぐるぐる考えてしまって、結局見守ることしかできなくて、ものすごい自己嫌悪に陥ります。
 今は何かと物騒な時代でもあるし、人と人との関係が希薄だから、見えないものを見たり考えたりすることってなかなかないのかもしれませんね。
Shin
2006/08/11 17:26
そうそう、同じ同じ。ついつい調子に乗っちゃう私。世間は自分中心に回っていると勘違いしちゃう。スーパーでもいつも同じところに行くので、慣れててお店の人は皆親切だし、最近の人たちは皆普通は親切だよね。ところが、だいぶ前に、知らないおじいさんから『おまえみたいなヤツは、こんな所に来るんじゃね〜よ。』って怒鳴られた事があるの。 いや〜、あまりの潔い大昔ふうの人にかえって懐かしささえ感じましたわ。 ふ〜ん、まだこんなふうに思う人もいるんだなぁって少し調子に乗って、偉そうに真ん中を闊歩していた私は、反省しましたよ。変だけど。
キョン
2006/08/11 23:40
チハル様
 どんなに頑張っても、行く先々で子供の状態をいちいち説明できるわけではないし、先々いろいろな場面があることは予想されるので、それらを想定しながら心構えをつくっておくしかないのでしょうね。神経使います。
tomoko
2006/08/12 12:23
ちいこ様
 まわりが認めてくれてその子も楽しいなら、いいと思うんですよね。ただ、写真を撮っていた親子は本当に憮然とした感じでした。その後、その子には会っていないのですが。どうしているかな。
tomoko
2006/08/12 12:27
Shin様
 昔と違って物騒な時代だから、ちょっと変わった行動をしていると不審者扱い、というのは仕方のないことなのかもしれません。「何をするかわからないから怖い」と言われればなにも言えないし。実際、自分も初対面の障害者に対してはちょっと構えてしまいますしね。難しいです。
tomoko
2006/08/12 12:35
キョン様
 さすがにそのおじいさんのような反応は最近では見ませんね。ほんと、潔い。割と親切、というかこちらが気をつけてさえいればあたたかい目で見てくれる人が多いです。でも、油断していると意外なところにトラブルの種はあるものですね。「親がちゃんと監視してろ」とはよく言われますが、そのあたりのことは悩んでいる人も多いようです。
tomoko
2006/08/12 12:39
私は周りから「そんなに気にしなくていいよ」といわれる
タイプでものすごく周囲の目や迷惑に対して敏感です。
もし、自分なら・・・と思うとまず、子供からはなれる
事はありませんし、万が一離れたとしても目はしっかり
子供の方へ向いているのですぐさまかけより平謝りです。
なぜなら私は周りに障害をもった人間がいない人には
分からなくて当然だと思うからです。
ですが、こういう性格は疲れます。息切れがします。
常に行動をチェックし、頭を下げ・・・。
最近はこっちのいう事が理解できるので大分楽になって
来ましたが、相変らず子供が迷惑をかけてないかが一番
気になります。子供に対して申し訳ない気もしますが、
(何かしようとするとすぐ母親がストップかける^_^;)
麻痺はするまい。これだけは肝に銘じてます。
子供のすることだから、障害があるので・・・
それを言ってはいけないととある療育の先生にしっかり
教わました(トラブルの元になるそうです)。

まゆもも
2006/08/12 18:03
まゆもも様
 毎日緊張の連続で、疲れますよね。でも、そういうふうに一生懸命なお母さんの様子をいつも見ていてくれる人は必ずたくさんいると思います。お母さんも大変だな、一生懸命なんだな、ということを感じて、いざという時には力になってあげたいと思ってくれているのではないでしょうか。疲れる分だけの見返り(という言い方でいいのか)はきっとあります。
 お子さんだって、そういうことを繰り返しながらいわゆる「空気の読み方」を感じ取っていくのではないでしょうか。「障害があるから」という言葉を、その行動の理由説明ではなく「許して欲しい」という言葉につなげるのは、確かにトラブルの元のようですね。
tomoko
2006/08/13 22:32

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