障害児Kとおたく母の疾走日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 養われてしまった「目」

<<   作成日時 : 2006/08/30 12:19   >>

トラックバック 0 / コメント 13

Kの発達に疑いを抱き、専門機関に相談に出向いたのは彼が2歳になる少し前。その時出合った障害児を見て、「うちの子も、この子のようになるのか」と複雑な気持ちになっていたことを思い出す。

 なんのことはない、今にして思えば当時のその子よりKの障害の方がずっと重かったのです笑っちゃいますよね。

 その後、児童相談所、療育病院、通園施設、そして養護学校。さまざまなタイプの障害児と接する機会が増えていきました。そんな生活を続けているうちに・・・

 たとえば街中や買い物に行った店の幼児コーナー、遊園地などにいる大勢の子供達。その中で、時々「おやっ」、と思わせる子に目がいってしまうようになりました

 同じようにチョロチョロと走り回る子供。しかし、「単なるやんちゃ小僧」と「もしや・・・」と思える子供の違いが、ぼんやりとですがわかるようになってきたのです。

 具体的、決定的な決め手を挙げるのは難しい。でも。

 やんちゃ小僧は、チョロチョロしていても走っていく先の目的物が傍目からも推測できるし、何かあればすぐ親を探すのがわかります。

 でも、チョロチョロの仕方に「?」をつけたくなる子がいる。

 体の動きが微妙にアンバランス。目的物の特定が不可能

 そして、私が必ず感じるのは、「目」です。

 もちろん、見えているのはわかる。なおかつ、視線も何かしらに焦点が合っている。

 それなのに、その焦点の合っている対象物のさらに向こう側を見ているような目をしているのです。うまくいえないけれど。

 近くにいるその子の親にふと目を向けると、その様子とか態度から明らかに「気付いている」か否かがわかります。

 「うん、なんとなくわかる。」 障害児を10年以上育てている親は、だいたい皆同じことを言います。

 なんとなくわかるというだけで、確証はないのですが。「気付いていない」様子の親を見ると、思います。

 私の勘違いでありますように。

 時々、「うちの子、ちょっと・・・ ねえ、どう見える?」などと聞かれることがある。ただ、なんとなく疑わしくても、いやかなりはっきりわかったとしても「親だけど、私は素人だからわからない。 心配なところがあるのなら、相談に行ってみたら」としか言えない。

 素人のカンで、無責任なことは言えません。

 スーパーで、すごい勢いで走ってきた幼児にいきなり衝突された時。後を追ってきたお父さんが申し訳なさそうに「すみません」と一言告げ、さらに走っていった子を追いかけてあっという間に遠ざかっていきました。ものすごいスピードで、わき目もふらずという感じ。

 お父さん、わかるよ。気にしなくていいですよ。 ・・・その背中に、心の中で声をかけました。

 小学生と幼児を連れていて、幼児は手を離しているのに小学生の手首はがっちり掴まれて(繋がれて、ではない)いる親子連れ。

 保育園のお散歩行列で、他は子供同士で手を繋いでいるのに、ひとりだけ保育士さん二人に両手を掴まれ、列からかなり遅れて歩いてくる子。

 そんな光景を見るたびに、なんともいえない気持ちになります。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
うんうん、そうそう。たしかに目が養われちゃったよね。いろんな子を見ているから、感覚的にわかるようになったのかな。そして、驚いた事に、普通の子でも、あれ?この子、なにか親に遠慮していないか?何かが変だ?とか鋭くわかるようになってしまった。後でわかったんですが…親に遠慮しているんじゃないか?って思った子の親は夫婦喧嘩が絶えなかったそうです。後、離婚してしまいました。
あと、写真でもわかるようになりました。
 あれ?障害児の妹の隣にいる健常のお姉ちゃんの方が、???って思ってたら、あと、そのお姉ちゃんが拒食症になってしまった…。 この感覚…なんだろうね?言葉じゃあらわせられないよね。
キョン
2006/08/30 17:11
気付かずに大人になってしまった例を見たことがあります。というか案外多いような気がします。親としては「もしかして」を打ち消したい気持ちはわかりますが、客観的に知ることも本当は必要なのでしょうね。
ぎりぎりボーダーなら一か八か「このまま社会に出しちゃえ」っていうことなんでしょうか。うまくすれば善意の人たちに受け入れられてなんとかやっていけることもあるでしょうけど。私は小心者なので、「もしうまくいかなかったら…」の方を考えてしまいますが。
うちの場合は「典型的」な症状が出てたので、早めに腹をくくることができましたけどね。

2006/08/30 23:19
目は口ほどにものを言うって言いますもんね。私だったら見過ごしてしまいそうですが、K君を育てているtomokoさんだからこそ分かる事なんでしょう。夫の従弟の子供が軽度の障害があって見た目的に普通に見えるので、何処がって思ってしまうけれど、長く一緒にいると、あ〜って思う事があります。
ちいこ
2006/08/31 08:04
うんうん、分かります〜〜!!うちも外出したときなんか、「???」とそれらしいお子さんを見かけることがよくあります。
そういうとき、旦那を見ると、大抵旦那もその子をじ〜〜っと見ているんです(^^;)それで二人で顔を見合わせ、「今の子ってなんか・・」「うん、なんか、それっぽいよね」と。
夫婦で妙な勘が磨かれている毎日です、でもキョンさんの勘も、すごいな〜。
ちえのすけ
2006/08/31 10:50
キョン様
 さすが、キョンさんのカンは上級者レベルですね。障害の有無もそうですが、子供の表情や目って、本人も気付かないうちに周囲にメッセージを送っているのでしょうか。それに気付いてあげられるかどうか、難しいですね。
tomoko
2006/08/31 11:32
楓様
 「ちょっと変わった人」ですんでしまうレベルならいいけれど、なんとかなるさ、という見切り発車で社会に出て・・というのは私も怖いです。障害者というレッテルを避けるか、そのレッテルに助けてもらうか。迷っている人は多いようですが。
tomoko
2006/08/31 11:37
ちいこ様
 カンとしかいえないのですが、ひっかかる子を見てしまうとやはり気になります。確かめることもできないから、的中率がどれほどのものかは不明ですが。慣れというのは恐ろしいものですね。
tomoko
2006/08/31 11:42
ちえのすけ様
 やはり、ご主人もわかりますか。理屈も根拠も抜きにして「なんか・・・」と思う子、いますよね。また、見つけたからってどうするというものでもないのだけれど。こういうカンより、宝くじの当たり外れみたいなものに対するカンがほしいです。
tomoko
2006/08/31 11:47
どきっとしました。今日、園で先生に大泣きしました。
子供の事が不安定で。何もはっきりしないので・・・。
弱さ・遅れはあるけど、これから追いつくのか。
このまま停滞なのか。
不安定に揺れる仲、子供の事で大きな夫婦喧嘩。
先生に話しているうちに大泣きです。

おなかの子の将来の恋人を想像している友人をみると
幸せだなと羨ましいです。
まゆもも
2006/08/31 15:47
◇まゆももさま
横レス失礼します。母子家庭ママなつめです。

不安、不安、不安。先の見えない不安ほど、やりきれないものはないですよね。なんで私なの、なんでうちなの。そう思う日があっても当たり前だと思います。

最近、内田ややこさんが文章を書いた絵本を買いました。その中のフレーズです。「足りないことを数えすぎて 満ちているいまを 忘れてしまわないように」(『ブローチ』)

不幸せを数えてたまらなくなったときに、そっと思い出す言葉です。めいっぱい泣いて泣いて涙が止まったら、ちょっと呟いてみてください。満ちている何かが見つかりますように、お祈りしています。

なつめ
URL
2006/09/01 03:16
なつめさま>ありがとうございます。
足りない事を数えてそれが原因で夫婦喧嘩です。
仲がいいと言われていた私たちですが、結局わたしが
足りないものにこだわる余りにそれすらつぶして
しまったようです。

まだ主人は怒っていてどうなるか分かりませんが、
もし仲直りができたら以前は当たり前だった事が
満ちた事だと思えますね。
子供も以前は本当に話さなかったのが今は、それなりに
しゃべってます(平均よりかなりヘタですが)。
言葉でのコミュニケーションが取れるようになった
喜びを忘れかけていました。
一杯泣いたら、つぶやきます!
まゆもも
2006/09/01 07:53
まゆもも様 なつめ様
 不安を煽ってしまったとしたら、ごめんなさいね。
私は昔から「先が見えない」ことが大嫌いで、勉強でも仕事でも確実な成功が約束されることにこだわっていました。その結果、ほぼガチガチに堅実な人生を歩みました。私の人生に「欠け」などありえないとさえ思っていました。息子が生まれるまでは。
 子供の、そして自分の人生には補充のきかない大きな欠けがある。未来など全く見えない。そう思い込み、生きていることも、また死ぬことさえも面倒になりました。一旦切ります。
tomoko
2006/09/01 11:51
 でも、息子を通してたくさんの人に会い、話をし、泣くこと・怒ることは恥ではないと感じられるようになってやっと、自分がいかに傲慢で、与えられていたもののありがたさを知らずにいたかがわかりました。
 満ちているものを知ること、本当に大切だな、と思います。なつめさん、素敵な言葉をありがとう。
tomoko
2006/09/01 11:57

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
養われてしまった「目」 障害児Kとおたく母の疾走日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる