障害児Kとおたく母の疾走日記

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zoom RSS 「障害児の親」って、そんなに偉いのですか

<<   作成日時 : 2006/03/24 12:09   >>

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 ちえのすけさんおこみかさんの記事を読み、同じことを考えている人もいるのだとわかったので安心してこれを書いています。

よく言われる言葉です。

 「あなたなら育てられる、って思われた神様がこの子をお授けになったのよ。あなたは選ばれた親なのよ。誇りを持ちましょう。」 

 ・・・迷惑な話です。私は、そんな「聖母募集」広告に応募した憶えはまったくありません。

 「大変ね」「偉いわね」「すごい」「頑張って」・・・・で、とどめが「かわいそう」ときたもんだ。

 でも、私は知っています。それらの言葉の後に、「私にはできないわ」という下の句が付くことを

 「元旦に、めったにない大凶のおみくじを引いたみたいなものでしょ、結局。当たりと言えば当たりよね。」・・・・同じ障害児親、ナイスなたとえをしてくれました。

 選ばれたからには、頑張らなければなりません。でも、好きで頑張っているわけではない。
「選ばれたけれど辞退します」という選択肢がないから、頑張らざるをえないのです

 子供の障害を苦にして、とか成長した障害者の介護に疲れて、という理由の子殺しや心中に至った親は、疲れ果てて「神に選ばれし者」の特権を手放したに過ぎないと思います。
 この親達を「弱い」と非難するだけの方々は、畏れ多くも「神様の選択眼にケチをつけている」ということになりますね。

 では、「神に選ばれし者」の特権とは何でしょう。簡単です。冒頭のような言葉でたくさん褒めてもらえることです。結婚式の時に仲人さんに持ち上げられた以上にくすぐったい言葉を何度かけられたことでしょう。
 
 健常児を普通に育てることだって、本当は大変なことです。でも、「みんながやってることだから」、特別に褒められることはほとんどない。(少子化の一因ではある、と思う)
 
 でも、育てているのが障害児だというだけでみんなが褒めてくれます。場合によっては、絶賛です。まったくもってこそばゆくもありがたい、のですが、

「偉い」と持ち上げることは、手を貸さないことへの免罪符。あくまで、自分達とは別世界のお話にしたい、という気持ちのあらわれではないですか。

 本当に私たちのことを考えてくださる方々は、褒めるどころか時に厳しい助言をくれるけど、いざという時には心強い味方になってくれています。

 私から「障害児の親」という栄誉ある称号をはずしたら、何も残りません。おたく崩れのぐーたら専業主婦、それだけです。

 また、「障害児の親は僻みっぽくて素直じゃない」とか言われちゃうのかな。「神に選ばれし者」に対して、失礼ですよ!

 

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MELANCHOLIDEA -メランコリ...
2006/03/26 17:32

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コメント(19件)

内 容 ニックネーム/日時
うんうん、わかるわあ〜。その気持ち〜。偉いえらいと持ち上げられたって嬉しくないよね〜。
昔安達祐実ちゃん主演のドラマで「同情するなら金をくれ」っていうかなり過激なセリフがありましたよね。言い方は過激だけれどあれってある意味本音だと思う。私たちが欲しいのは賞賛でも賛美でもない、現実的に支えてくれる人なんだよね。人を動かすには制度なりお金なりがどうしても必要。きれいごとじゃないのよね。障害児を抱えて心中とか子どもを殺してしまうとか、少なくないと聞いています。私たち親が「ふつうの生活」をするためにもっと支援が必要だなあと思います。
ちえのすけ
2006/03/24 13:26
障害児のお子さんがいる犬仲間から聞いた話ですが、産んだ子供が2人とも(兄妹)障害児として授かった人が子供をおいて自殺したそうです。神様に選ばれし人だったら、もっと強いと思う。偉いと持ち上げる人達の逃げ言葉なのでしょうね。そういう私も同じ言葉を言った事があるような・・・お恥ずかしいかぎりです。
ちいこ
2006/03/24 16:41
いいなぁ、tomokoさんの文。「聖母募集」広告、なんて吹いちゃいましたよ^m^確かに言われてみれば。褒めてくれる人ってほとんどが手は貸してくれないのよね〜。口ばっか。そんな褒められるほど偉くないんだから助けてよ、って思いますが。でもありがとう。「神に選ばれし者」のこんな使い方を教えてくれて♪
おこみか
URL
2006/03/24 16:42
そうそう、よく言われますよねえ。悪気はないんでしょうが、『立派なあなただから、育てられるのよ。偉いよネェ。私には無理だわ。』 そりゃ、自分の子ですからねぇ、あなたも自分がそうだったら私と同じように育てるのよねぇ。って思いますわ。本当はエラクはないんですが、偉く見えるから得してるって感じでいってますわ。(^^ゞ
次は、宝くじ、当たりたいんですが…駄目でしょうか?
キョン
2006/03/24 22:59
独身で親でもない私が言うのもなんですが、実はこういう事を言った時点で当該の人達との間に線を引いちゃってるって事に、こういう方達は気付いてないんですよね。
本当に自分の事として考えるなら、絶対吐けない言葉なんじゃないかと・・・
yaskazu
2006/03/25 00:56
やっぱシングルママと障害児ママって似てると思いつつコメントです。私も悪気のない(むしろ善意の)方々によく「えらいわぁ。真似出来ないわぁ。」と褒めていただきます。その瞬間の線引きのひんやり感はやっぱり同じです。「いや、できるできないじゃなくてやるかやらないかだけの問題ですから。」と応えます。もちろん子供に対する愛情は普通に持ち合わせつつも究極的には替わってくれる人がいないから自分が子育てやってるだけなのですが、そんなこと口が裂けてもいえません。「鬼母!」って言われちゃいますから。
死別の独り親は社会的にも守られますが離別の独り親は差別されます。遺族年金や生命保険もなく養育費も払わない馬鹿男が多い分、苦労はむしろ多いのに、勝手に離婚したんだから苦労して当然と言われます。じゃあ一生殴られながら結婚してろってか、と思いつつ、ええ私の勝手でしたことですからケツは自分で拭いてます、と胸を張りつづけることのしんどさったらありません。「独りで頑張ってて偉いわ」といわれるより「半日預かるから遊んできたら」って言ってもらえるほうが千倍助かります。それを赦して欲しいのですよ…。
なつめ
URL
2006/03/25 01:53
ちえのすけ様
 「同情するなら金をくれ」、そう、私もしょっちゅうこの言葉を思い浮かべます。お金の問題ではなく、賞賛より実質的な理解がほしい。現実に即した援助がほしいのですよね。
tomoko
2006/03/25 13:56
ちいこ様
 障害児の親は、「その世界」を知らない人に本音の辛さはなかなか言えません。たいてい、「褒められておしまい」になってしまうから。吐き出せる相手が見つからないと、ひとりで抱えてパンクしてしまいます。
 本当に強い人なんて、めったにいません。パンクしそうな人がいたら、ぜひ話を聞いてあげてください。それだけでも、充分だと思います。
tomoko
2006/03/25 14:05
おこみか様
 そうですよ、私達は選ばれたのよ、偉いのよ、って逆に威張ってもいいのかも、まあ、本来そういうふうに元気付けるための言い方なのでしょうが、やはり素直には受け取れません。偉いのだから誰の助けもいらない、ってことはないんですけどねえ。
tomoko
2006/03/25 14:09
キョン様
 そう、偉く見えて得してる、って思うのがいちばん平和なのかもしれません。私も、「こんな当たりを引いたのだから、宝くじだって・・・」とよく思いますが、当たったためしがありません。神様って、いったいどこ見てんだろ、って思います。
tomoko
2006/03/25 14:12
yaskazu様
 当事者以外の方からは、反論されても仕方ない言い分だと思いました。「じゃあ、どんなコミュニケーションをとれば納得するんだ」とか。
 こちらの方から引いてしまっている線も、実は多い。でも、「神様から選ばれた」っていう「人外」扱いは、やはり悲しいのですよ。ご理解ありがとうございます。
tomoko
2006/03/25 14:17
なつめ様
 そう、「できるから」じゃなくて「やるっきゃないから」やっているのです。「やらない」という選択は、犯罪や事件にならないケースだとしても世間様から見れば「鬼母」の行為になってしまう。
 産んだのは自分だから、確かに自己責任といえるしケツも拭きますが、苦しんでいる時に「あなたの子なんだから・・」みたいに言われると、そのとおりではあっても悲しい。息抜きしたり、好きな仕事を続けたりするのにどうして後ろめたい気持ちにならなきゃいけないのか、とつくづく思います。
 
tomoko
2006/03/25 14:27
はじめまして。
私は子育てをしているわけでも、子どもに関わっているわけでもなく、みなさまの痛みを本当にわかるかといえば心許ないのですが、そうだよなあと思いました。
言ってしまう側からすると、「何か心に響くようなことを言ってあげなければ」という勝手な強迫観念のようなものがあるように思います。勝手に感じる罪悪感や居心地の悪さから逃れたいがために、相手の気持ではなく自分の気持を落ち着かせる「イイ話」をしたくなるのかなあと。
などと考えていたら、コメントで書くには長すぎる文章になってしまったので、記事にいたしました。トラックバックしましたので、よろしければお時間のあるときにでもご覧下さい。
ヒギリ
URL
2006/03/26 17:30
ふたたびすみません。
うまくトラックバックできたかよくわからないので、念のためURLを書いておきます。
「他人事としての「すごいなあ」」という記事です。
http://melancholidea.seesaa.net/article/15523341.html
ヒギリ
URL
2006/03/26 17:45
ヒギリ様
 ありがとうございます。そちらの記事にもコメントさせていただきました。
 誰もがいろいろな不運や不幸を抱えているわけですが、わかり易い不運を持っているとどうしても目立ってしまうようです。
 でも、一生懸命善意で話をしてくださる人に敵意を持ったりすることはありません。仕方ないことだと思うし、ありがたいと感じています。
tomoko
2006/03/27 12:17
こんばんわ。
 私も以前仕事してたとき、営業の者が「ああいう人たちってかわいそうだね」などとほざきまして、怒りを通り越して悲しくなったことがあります(苦笑)。
 集金に行った先が弟の作業所だったのです。
どうも他の作業所員さんが車に乗せて、と言ってきたらしくて…。弟の作業所ということがよけいに悲しさを増幅させました。
 かわいそうと言うことは簡単です。しかし、弟は絶対絶対かわいそうではない、と私は思います。弟がいることで今の私があるし、見えないものが見えると思ってます。
むやみやたらにかわいそう、と言うのはよそうと決めた出来事でした。
Shin
2006/03/30 19:02
Shin様
 そういう時って、悲しいと同時に周囲の人たちの自分達に対する目線がどこにあるかを思い知らされるんですよね。別にこちらはそれなりに平和に暮らしているし、楽しいこともたくさんあるのでそんなこと言われるとは思っていないから。
 だから、「かわいそう」と言われて悔しいということは、自分はけっこう幸せなのかな、と思って気を取り直すことにしています。自分で傷つくと、他人の痛みもわかりますね。 
tomoko
2006/03/31 14:54
 共感します。ワタシも思います。でも現実世界じゃ言えませんが。でもわたくし全くほめられてないですね。大丈夫だよ。よくそう言われます。
ひよこぷりん
2012/02/27 16:40
ひよこぷりん様
 現実世界では言いにくいですよね。いつもほめてもらいたいというより、ちょっと認めてほしいと思うことがあります。大丈夫、と言われるのは、頑張りを評価されていると思っていいのでは。
tomoko
2012/02/28 16:47

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